和歌山県 橋本市・高野口町
神社を後にしてから、まだ昼過ぎで帰るのには時間があったので近くの橋本市高野口町に行きました。伊勢・奈良を結ぶ大和街道沿いに開けた町で高野山参詣の宿場町としても賑わった町です。古い町並みが町のいたるところにちょこっとずつ残っています。
去年の2月に来た時、古い木造小学校がありました。今日もなんとなくそこに寄ってみることにしました。
JR高野口の駅前には大きな旅館があります。
今も旅館としてやっているのかどうかは分からないけど、まだ人は住んでるよと駅前のタクシーの運転手さんが前来たとき教えてくれた。神社にいた時は小雨がぱらついていたけど、高野口についてからちょっと晴れてきた。少し蒸し暑い風に混じって金木犀の香りが運ばれてきました。
こ高野山参詣の宿場町として賑わった町ということで、駅前の旅館のほかにも以前は旅館風の建物をちょくちょく見かけました。小学校の行き道にあった2軒の病院は外観がどうみても旅館というより連れ込み宿風でした。間違ってたらすみません。
交差点にコカコーラの看板があがるお店を見つけました。コカコーラの赤い看板が年月を経て茶色くなっている。ここまでくると侘び寂びを感じさせるようになるからすごい。

学校に行く途中、金木犀の香りがずっとしていました。運動会のころになると学校の金木犀が満開になっていました。この香りをかぐと、グラウンドに張りめぐらされた万国旗や、組体操の時手のひらに食い込んだ砂粒、グラウンドの砂のにおいを思い出してしまいます。
小学校は校舎内以外は開放されていて校舎をぐるり一周見学する事が出来ます。玄関近くの植え込みにはザクロの木が植えてあって、ソフトボールぐらいの大きさのツヤツヤの赤い実をたくさんつけていました。
そういえば、運動会のお弁当の時、近所のおばちゃんが必ずザクロの実をおやつにくれていました。皮があまりきれいだったからブローチにすると言って喜んでいました。もうここの運動会は終わってしまっていたようで、グラウンドは静かでした。小学生の男の子が何人か遊んでいました。
オンボロ体育館の階段に腰掛けて、子供たちが遊んでる様子を何をするでもなくボーっと眺めました。空はだんだん赤くなってきました。もう夕暮れ時です。校庭の金木犀は満開なのでどこにいても甘い香りがします。
雨上がりのグラウンドの真ん中を歩いたら、ぬかるんだ砂に一輪車の通った跡、大人の靴の足跡、はだしの子供の足跡が続いてるのを見つけました。はだしの足跡を見るのなんて随分久々です。子供らしく、大人の靴の足跡に合わせて歩いたりした跡がありました。
ちょこっとだけ中庭にも寄りました。ひょろひょろのサツマイモや瓢箪が植えられていました。低学年の組なのか、可愛らしい色とりどりの小さな傘がかかっているのは微笑ましかった。
中庭の渡り廊下には大きな桜の木がありました。秋なので葉が少し色付き始めていました。春になったら満開の桜下ピカピカの一年生が渡り廊下を楽しそうに歩いていく様子を想像しました。渡り廊下という響きがすごく懐かしい。

もう役目を終えた古い井戸のポンプの横にはタイル張りの蛇口水道がありました。手でひねる式の蛇口も最近見かけなくなったなぁ。小学校のころ、蛇口のしたには必ず破けやすいネットが掛けられていて、中に入ってるのは絶対レモン石鹸でした。グラウンドの砂に混じってる雲母のかけらを「砂金や!」と言って拾い集めてる自分を思い出してしまった。磁石で砂鉄も集めていた。
なんかタイムトンネルをくぐったみたいにもう忘れてしまった小さな記憶が呼び起こされました。
学校前の路地で野良猫がこっちを見ていました。

去年の2月に来た時、古い木造小学校がありました。今日もなんとなくそこに寄ってみることにしました。
JR高野口の駅前には大きな旅館があります。

今も旅館としてやっているのかどうかは分からないけど、まだ人は住んでるよと駅前のタクシーの運転手さんが前来たとき教えてくれた。神社にいた時は小雨がぱらついていたけど、高野口についてからちょっと晴れてきた。少し蒸し暑い風に混じって金木犀の香りが運ばれてきました。
こ高野山参詣の宿場町として賑わった町ということで、駅前の旅館のほかにも以前は旅館風の建物をちょくちょく見かけました。小学校の行き道にあった2軒の病院は外観がどうみても旅館というより連れ込み宿風でした。間違ってたらすみません。
交差点にコカコーラの看板があがるお店を見つけました。コカコーラの赤い看板が年月を経て茶色くなっている。ここまでくると侘び寂びを感じさせるようになるからすごい。

学校に行く途中、金木犀の香りがずっとしていました。運動会のころになると学校の金木犀が満開になっていました。この香りをかぐと、グラウンドに張りめぐらされた万国旗や、組体操の時手のひらに食い込んだ砂粒、グラウンドの砂のにおいを思い出してしまいます。
小学校は校舎内以外は開放されていて校舎をぐるり一周見学する事が出来ます。玄関近くの植え込みにはザクロの木が植えてあって、ソフトボールぐらいの大きさのツヤツヤの赤い実をたくさんつけていました。
そういえば、運動会のお弁当の時、近所のおばちゃんが必ずザクロの実をおやつにくれていました。皮があまりきれいだったからブローチにすると言って喜んでいました。もうここの運動会は終わってしまっていたようで、グラウンドは静かでした。小学生の男の子が何人か遊んでいました。

オンボロ体育館の階段に腰掛けて、子供たちが遊んでる様子を何をするでもなくボーっと眺めました。空はだんだん赤くなってきました。もう夕暮れ時です。校庭の金木犀は満開なのでどこにいても甘い香りがします。
雨上がりのグラウンドの真ん中を歩いたら、ぬかるんだ砂に一輪車の通った跡、大人の靴の足跡、はだしの子供の足跡が続いてるのを見つけました。はだしの足跡を見るのなんて随分久々です。子供らしく、大人の靴の足跡に合わせて歩いたりした跡がありました。

ちょこっとだけ中庭にも寄りました。ひょろひょろのサツマイモや瓢箪が植えられていました。低学年の組なのか、可愛らしい色とりどりの小さな傘がかかっているのは微笑ましかった。

中庭の渡り廊下には大きな桜の木がありました。秋なので葉が少し色付き始めていました。春になったら満開の桜下ピカピカの一年生が渡り廊下を楽しそうに歩いていく様子を想像しました。渡り廊下という響きがすごく懐かしい。

もう役目を終えた古い井戸のポンプの横にはタイル張りの蛇口水道がありました。手でひねる式の蛇口も最近見かけなくなったなぁ。小学校のころ、蛇口のしたには必ず破けやすいネットが掛けられていて、中に入ってるのは絶対レモン石鹸でした。グラウンドの砂に混じってる雲母のかけらを「砂金や!」と言って拾い集めてる自分を思い出してしまった。磁石で砂鉄も集めていた。

なんかタイムトンネルをくぐったみたいにもう忘れてしまった小さな記憶が呼び起こされました。
学校前の路地で野良猫がこっちを見ていました。

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