夜に
おくりもの
クレパス
メイタカレイ
鮭の切り身
鋏など
和歌山県・かつらぎ町 丹生都比売神社
かつらぎ町は天野の里にある丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)に初詣に行ってまいりました。(昨日、青蓮寺行った割りに)
旧年中挙式ですごくお世話になった神社なので、無事に結婚して初めてのお正月を迎えられた事をまずは丹生都比売大神にご報告。
丹生都比売大神は天照大御神の妹神。共にお祭りされている狩場明神(かりばのみょうじん)は丹生都比売大神の御子にあたり、空海が高野山を開くときに白・黒二匹の犬を連れて導いたという。高野山はもともとは丹生都比売大神の神領なので、高野山に行くとお寺のいたるところに丹生都比売大神の紋である三つ巴を見た。
丹生都比売大神の「丹」は朱色のことで「丹生」はこの朱色(水銀)の採れる鉱脈がある場所を表す言葉だそうだ。室町時代に再建された立派な本殿や楼門には鮮やかな丹塗りが施されている。宝物に国宝・銀銅蛭巻太刀拵(ぎんどうひるまきたちこしらえ)があるけど現在は東京国立博物館が保管してる。おととし東京国立博物館行ったとき、太刀をはじめとする丹生都比売神社の宝物がかなり展示されていたのでおどろいた。廃仏毀釈時に流れに流れて東京国立博物館が保管することになったと禰宜さんがおっしゃっていた。
お参りの後で宮司さんと禰宜さんにも新年のご挨拶。「年賀状来たよー」という話題になって、私の送った年賀状を束の中から探してる時に年賀状の話になる。
年賀状はもともと新年に会って挨拶できない人のために書面で新年のご挨拶をするものなので、本来は正月元旦に書く。ここ丹生都比売神社は元旦に年賀状を天皇陛下に送ることになっているそうだ。天皇陛下がご覧になる神社からの年賀状は限られているけど、丹生都比売神社はその限られた神社のうちの一社とのこと。
宮司さんが宮内庁から送られてくる、年賀状の雛形を見せてくださった。てっきりお年玉つき年賀状みたいなのだと思ってたら、規格の和紙にきちんと毛筆で書かないといけない。
雛形の説明文も旧かな使い。宮内庁の立派なはんこがでんと押されなんとものものしい。
宮司さんや禰宜さんといろいろ話してるうちに神社に電話が入る。兵庫県明石の方から三社参りの方々のバスが5台やってくるとのこと。毎年縁起の良い方角(恵方)というのがあって、今年の恵方は南南西だそうだ。大阪や兵庫からすると南南西はちょうど和歌山の神社があたるらしい。そんで、縁起の良い方角にある神社を三社お参りするらしい。
せっかくなので隅っこの方で焚き火にあたりながら、お参りの様子を見学させてもらった。観光バスのエンジン音と共にたくさんのおじいちゃんおばあちゃんがやって来て、急に賑やかになった。お参りにきたおばあちゃんとお話するところによると、丹生都比売神社の他の二社は和歌山市の紀三井寺と有田の糸我稲荷神社とのことだ。糸我稲荷神社は一瞬思い出せなかったけどそういえば得生寺の練り供養見に行ったときちょっとよったなぁ。「去年は島根に行きましたよ」ともおっしゃっていた。こうして毎年三社参りをしているそうだ。なんだか楽しそう。
おじいちゃん、おばあちゃんがバスに戻るのと一緒に私達もおいとました。4月には花盛祭(はなもりさい)をするので是非いらっしゃいと宮司さん。時間があればお祭りを手伝ってくれてもいいですよ。と笑顔でおっしゃられた。
旧年中挙式ですごくお世話になった神社なので、無事に結婚して初めてのお正月を迎えられた事をまずは丹生都比売大神にご報告。
丹生都比売大神は天照大御神の妹神。共にお祭りされている狩場明神(かりばのみょうじん)は丹生都比売大神の御子にあたり、空海が高野山を開くときに白・黒二匹の犬を連れて導いたという。高野山はもともとは丹生都比売大神の神領なので、高野山に行くとお寺のいたるところに丹生都比売大神の紋である三つ巴を見た。
丹生都比売大神の「丹」は朱色のことで「丹生」はこの朱色(水銀)の採れる鉱脈がある場所を表す言葉だそうだ。室町時代に再建された立派な本殿や楼門には鮮やかな丹塗りが施されている。宝物に国宝・銀銅蛭巻太刀拵(ぎんどうひるまきたちこしらえ)があるけど現在は東京国立博物館が保管してる。おととし東京国立博物館行ったとき、太刀をはじめとする丹生都比売神社の宝物がかなり展示されていたのでおどろいた。廃仏毀釈時に流れに流れて東京国立博物館が保管することになったと禰宜さんがおっしゃっていた。
お参りの後で宮司さんと禰宜さんにも新年のご挨拶。「年賀状来たよー」という話題になって、私の送った年賀状を束の中から探してる時に年賀状の話になる。
年賀状はもともと新年に会って挨拶できない人のために書面で新年のご挨拶をするものなので、本来は正月元旦に書く。ここ丹生都比売神社は元旦に年賀状を天皇陛下に送ることになっているそうだ。天皇陛下がご覧になる神社からの年賀状は限られているけど、丹生都比売神社はその限られた神社のうちの一社とのこと。
宮司さんが宮内庁から送られてくる、年賀状の雛形を見せてくださった。てっきりお年玉つき年賀状みたいなのだと思ってたら、規格の和紙にきちんと毛筆で書かないといけない。
雛形の説明文も旧かな使い。宮内庁の立派なはんこがでんと押されなんとものものしい。
宮司さんや禰宜さんといろいろ話してるうちに神社に電話が入る。兵庫県明石の方から三社参りの方々のバスが5台やってくるとのこと。毎年縁起の良い方角(恵方)というのがあって、今年の恵方は南南西だそうだ。大阪や兵庫からすると南南西はちょうど和歌山の神社があたるらしい。そんで、縁起の良い方角にある神社を三社お参りするらしい。
せっかくなので隅っこの方で焚き火にあたりながら、お参りの様子を見学させてもらった。観光バスのエンジン音と共にたくさんのおじいちゃんおばあちゃんがやって来て、急に賑やかになった。お参りにきたおばあちゃんとお話するところによると、丹生都比売神社の他の二社は和歌山市の紀三井寺と有田の糸我稲荷神社とのことだ。糸我稲荷神社は一瞬思い出せなかったけどそういえば得生寺の練り供養見に行ったときちょっとよったなぁ。「去年は島根に行きましたよ」ともおっしゃっていた。こうして毎年三社参りをしているそうだ。なんだか楽しそう。
おじいちゃん、おばあちゃんがバスに戻るのと一緒に私達もおいとました。4月には花盛祭(はなもりさい)をするので是非いらっしゃいと宮司さん。時間があればお祭りを手伝ってくれてもいいですよ。と笑顔でおっしゃられた。
奈良県・菟田野 青蓮寺再び
朝、友達のなにわの加古川っ子がやってきた。お天気もいいしドライブに出かけた。行き先は久々に奈良。去年の2月に訪れた奈良県は菟田野町・日張山中腹にある青蓮寺を再訪。そこで飼われてるマメシバ「さくら」に会うつもり。
参道、石段上がったところでもう待っていてくれていた。

今年の冬はなんだかあったかいけど、青蓮寺の庭には雪がところどころ残っていた。触るとカチカチに凍ってる。山奥だから解けずに残ったんだな。
青蓮寺は当麻曼荼羅でおなじみの中将姫が継母にうらまれて流配された草庵とのこと。宗派は浄土宗の尼寺。それでだからか分からないけどマメシバさくらもメス犬だ。
一年ぶりに再会したさくらは一段とコロコロさを増し、去年はちゃんと出来なかったお手が今年はまったく出来なくなっていた。お寺の方曰く「最近また太ってきたんですよ」

お手をしない代わりにコロコロ転がっていた。

コロコロ転がって気が済んだのか、おもちゃをくわえて誇らしげな様子でこちらを見ていた。


おもちゃを奪おうとすると急にハイテンション選手犬になる。全力で走って追いかけたけど太っていてもやっぱりそこは犬、すごく早い。
友達と「今度は桜の季節にまた会おうぜ!」と約束して帰路につく。
ところで和歌山電鉄貴志川線のねこ駅長「たま」が、就任一年にしてはものすごく早い「スーパー駅長」に昇進したそうな。お祝いにかにかまぼこをもらい、駅長室の建設計画も持ちあがってるそうだ。駅長効果かどうかは分からないけど乗客も去年一割も増えたらしい。何はともあれ、昇進おめでとうございます。
参道、石段上がったところでもう待っていてくれていた。

今年の冬はなんだかあったかいけど、青蓮寺の庭には雪がところどころ残っていた。触るとカチカチに凍ってる。山奥だから解けずに残ったんだな。
青蓮寺は当麻曼荼羅でおなじみの中将姫が継母にうらまれて流配された草庵とのこと。宗派は浄土宗の尼寺。それでだからか分からないけどマメシバさくらもメス犬だ。
一年ぶりに再会したさくらは一段とコロコロさを増し、去年はちゃんと出来なかったお手が今年はまったく出来なくなっていた。お寺の方曰く「最近また太ってきたんですよ」

お手をしない代わりにコロコロ転がっていた。

コロコロ転がって気が済んだのか、おもちゃをくわえて誇らしげな様子でこちらを見ていた。


おもちゃを奪おうとすると急にハイテンション選手犬になる。全力で走って追いかけたけど太っていてもやっぱりそこは犬、すごく早い。
友達と「今度は桜の季節にまた会おうぜ!」と約束して帰路につく。
ところで和歌山電鉄貴志川線のねこ駅長「たま」が、就任一年にしてはものすごく早い「スーパー駅長」に昇進したそうな。お祝いにかにかまぼこをもらい、駅長室の建設計画も持ちあがってるそうだ。駅長効果かどうかは分からないけど乗客も去年一割も増えたらしい。何はともあれ、昇進おめでとうございます。
包丁とまな板
柿

柿もらった。ちょうど食べごろだから毎日一個ずつおやつに食べてる。
これいいな!と思ったものを当たり前に自然に描くのって本当に難しいとつくづく思う。今はひたすら丁寧に見てそのものの持つにおいや存在感をくみとっていきたい。写真みたいなリアルさを追求するのじゃなく。
「自分の線や自分の個性を出して」とか「もっと個性を大切にして」とか言う事もあるけど、「つまらないといわれてもまじめに素直に描いて10年たってようやく自分の線なりを見つけることがありますよ。ドローイングでもなんでもとにかく描き続けなさい。」とおっしゃった先生の言葉を忘れないようにしよう。時間かかるし自分がいつ変わるか分からないけどじっくりやっていこう。
そんな思いで今日は次に取り掛かる50号の小下絵を描く。今まで描いてきたものが一枚の絵につながっていきますように。












