海老
ヒメチ
安アジ
昨日
イタリア旅行5日目 ベネツィア〜フィレンツェへ
朝7時、ベネツィアの教会の鐘が一斉に鳴る。ベネツィアではこの鐘の音で目が覚めた。早朝、雨が降ったよう。空は曇り空。地面が濡れている。

今日は10時に出発の予定。朝食をとってからでも時間がまだあるので、最後に雨上がりのベネツィアの街を散歩。ベネツィアでは当たり前のことなんだろうけど、ここは船が移動の手段なので車を一台も見かけなかった。食料や生活必需品は陸地から船で運搬して、ベネツィアに着いたらさらにリアカーに積み替えて各所に運ぶのでやっぱり物価も高くなるらしい。でも一日中車を見ない、車の走る音を聞かないと言うのは結構貴重な時間だと思う。
今朝も狭い道を忙しそうにリヤカーを押す人たちを本当に良く見かけた。ごみの収集も毎日行われていて、こちらもごみ収集カーでなく人力のリヤカーで行われる。
雨のせいかどうかは分からないけど、今朝の運河は昨日と比べると水かさがすごく増えていた。サンマルコ広場では巨大な水溜り。近寄ってみたら雨が降ってできた水溜りでなく、石の隙間から染み出た海水だと分かった。石の隙間からボコボコ水が吹き上がってるのが見て取れた。昨日はハトばかりで一匹も見かけなかったカモメが水溜りの上にたたずんでいる。

リアルト橋より。昨日、晴れた朝に見たのと同じ風景。晴れた時は朝日で壁がオレンジ色ですごくきれいだった。曇りの日はしっとりした感じ。

市場の近くの船着場も水がだいぶ上がってきてた。

市場。晴れたときと曇りのときとでは野菜や果物の色の見え方がぜんぜん違ってくる。

あたりを散歩してるうちにもうすぐ迎えの船がやってくる時間になってきた。次、ベネツィアに来れるのはいつになるか分からないからちょっと名残惜しい。
ところで今日はイタリア中で交通機関のストライキが行われているとのことで、バス、電車、ありとあらゆる乗り物が動かんらしい。今日は電車での移動なので添乗員さんもどうなるかだいぶ気をもんでいた。でも良かったことに私たちが乗る予定の国際線だけはちゃんと動いているそうだ。
ホテルを船に乗って出発して駅に着くと赤や黄色の旗を持った人々が音楽をかけてにぎやかにストをしていた。翌日土曜日は仕事が休みなのでストライキが行われるのも金曜日が多いらしい。音楽にあわせてダンスしたり結構楽しそうにも見える。添乗員さんがイタリアでは学生もストライキをするよと言っていた。

ストライキを見るのは初めてなので珍しいからツアーの人も記念に写真を撮っていた。ストライキはイタリアではよく行われるのでみんな慣れているそうだ。

乗る電車はユーロスター。名前は聞いたことがあった。乗る車両は一車両目なので乗り口までホームを歩くけど、すごく長い電車で一車両目まで行くのに結構歩いた。
11時25分に電車が出発。ベネツィアを後にしてフィレンツェへ。フィレンツェに到着は午後2時を予定。車内では静かに願いますとのことで、テーブルを出して昨日途中だった日記の続きを書く。隣の席のアメリカ人紳士は手紙を書いている。他の人は小さな声で話したり寝たりしてる。電車はガタゴト揺れることもなく静かに走行していた。なかなか快適。
でも後ろの席のイタリア人紳士がひたすら携帯電話でしゃべり続けていて周りの人が迷惑していた。隣のアメリカ人紳士も呆れ顔。その人の後ろに座ってまどろんでた人も起こされてちょっと怒っている。乗客代表で添乗員さんが係りの人に「なんとかして」と言ったら、係りの人に黙らされていた。
なんかイタリアに来て道を歩いていたら、携帯でしゃべりながら歩いてる人をホントに良く見かけた。日本のメール確認しながら歩いてる人を見る感じなのかなぁ。なんかホントにみんな大きな声で良くしゃべっている。
電車の窓からはのどかな農場の風景。そんで時々街の風景。ベネツィアでは一台も見かけなかった車ももう普通に走っている。ぜんぜん知らない駅名のホームを通りすぎていったけど、唯一「ボローニャ」だけ地名は知ってた。
フィレンツェには予定の時間通りに着いた。遅めのお昼。中華料理店だった。ご飯とお箸で食べる食事に少しほっとするが、大皿に盛られたご飯の盛り付けがすごくやけくそ気味だった。店員は空いている時間を利用して、後ろの席でマージャンに興じていた。
昼食後にフィレンツェの超見所の花の聖母教会とミケランジェロのダビデ像のあるシニョーリア広場、ウフィッツィ美術館を案内してもらった。
花の聖母教会のレンガ色のクーポラはルネサンス時代、ブルネレスキが設計したもの。

昔、洗礼堂の扉製作でブルネレスキとギベルティが「イサクの犠牲」をモチーフにコンペで争った。でも審査員が最終的に選んだのがアカデミックな手法のギベルティの作品。ブルネレスキの作品は臨場感があるし力強いけど当時としてはちょっと斬新過ぎたそうだ。審査員はブルネレスキの作品もよかったので、ギベルティと一緒に扉を製作したらと言ったけど、ブルネレスキはそれに同じなかった。ブルネレスキはその後、彫刻から建築・設計の世界に進んで聖母教会のクーポラの設計で大評価されたという。
ブルネレスキとギベルティのうんぬんかんぬんは西洋美術史のI先生に頭に叩き込まれた上、美術特論でもI先生の熱弁を聞いた。あの時「試験に出るから覚えないと」と思って記憶しただけだったのに数年後、その実物を見ることができるとは。
聖母教会の前にある洗礼堂にはギベルティの「天国の門」(レプリカ)がはめ込まれていた。
クーポラの内側は最後の審判が描かれている。最後の審判よりもウッチェロ作のジョン・ホークウッドの騎馬像をじっくり見たかったけど、別個に動くと迷惑がかかるのでちらっと見しかできなかった。ガイドさんの説明を聞きながらサクサクッと見て回って教会を出た。
聖母教会の真横がシニョーリア広場。今も昔も変わらないフィレンツェの行政の中心。大きく立派なレンガ造りの建物は今でも役所として利用されているという。出入り口の近くに複製だけどミケランジェロ作のダビデ像。広場の真ん中のネプチューンがこれまたムキムキ。イタリア来てからムキムキを見すぎて疲れてきた。もっとじっくり時間をかけて見て回れればいいんだろうけど、いい作品を詰め込み見すぎてこの辺で教会とかどれを見ても同じなような気がしてくる。
今日の観光の最後はウフィッツィ美術館。大きな美術館なので全部見るのはとても無理ということで、ルネサンス期の主だった作品を鑑賞することになる。入館人数は500人までと決められているので、美術館に入るにはまず並ばないといけない。でも阪神航空社がうまいことしてくれたのか並ばずに入れた。ただし、館内では入国審査並みの入館チェックがあった。以前、ペットボトルに入った液体を名画にかけた罰当たりな人がいたそうだ。なのでペットボトルは持ち込み厳禁。
美術館から見た夕暮れ時のベッキオ橋。

チマブーエやジョットーと言った初期のキリスト教絵画に始まって、ボッティチェリの「ビーナス誕生」や「春」を見る。他にもダビンチ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、フィリッポ・リッピ、ミケランジェロなどなど美術の教科書で見た名作をたくさ見ることができた。描きかけだけどダビンチの大作「東方三賢者の礼拝」が良かった。まだおつゆ描きぐらいの描き込みなのにすごく存在感があった。
見学したのは3階で2階はダビンチやミケランジェロのデッサン展示。こっちの方が見たかったけどツアーなので難しい。一通り見終えてから少し自由時間があったので戻ってウッチェロの「サン・ロマーノの戦い」をじっくり見た。
夜7時半にホテル近くのレストランで晩御飯。ラザニアと皿からはみ出そうなくらい巨大なTボーンステーキ。席の真横に巨大な骨付きの肉塊が置いてあって、店の人がナタで切り分けたのを焼いて出してくれる。ベネツィアは海の中にあるので魚が主だったけど、ここらは肉料理がおいしいらしい。確かにおいしい肉だったけどあまりにも巨大すぎて肉ばっかり食べたので飽きた。付け合せのホウレンソウのソテーがクタクタに煮すぎて歯ごたえがイマイチ。しかも水気を切ってないのかボトボト。さっと茹でて冷水にくぐらせてぎゅっと絞ればもっとおいしくなるのに。(この店だけホウレンソウはいまいちなのかなぁと思ってたけど他の店もホウレンソウはこんなんだった。)
とにかく一ヶ月分の肉を食べた気になった。
次の日はサンジミニャーノとシエナのオプショナルツアーへ参加する予定だったけど、あんまり人が集まらず催行中止になった。サンジミニャーノ、すごく楽しみにしてたのにがっかりした。でもフィレンツェの街も見所がまだまだたくさんあるから、翌日はフィレンツェをじっくり見て回ろうということでネットカフェで情報収集。教えてgooや2ちゃんねるの画面、めちゃくちゃ懐かしい。
夜10時過ぎにホテルに帰って洗濯して寝る。

今日は10時に出発の予定。朝食をとってからでも時間がまだあるので、最後に雨上がりのベネツィアの街を散歩。ベネツィアでは当たり前のことなんだろうけど、ここは船が移動の手段なので車を一台も見かけなかった。食料や生活必需品は陸地から船で運搬して、ベネツィアに着いたらさらにリアカーに積み替えて各所に運ぶのでやっぱり物価も高くなるらしい。でも一日中車を見ない、車の走る音を聞かないと言うのは結構貴重な時間だと思う。
今朝も狭い道を忙しそうにリヤカーを押す人たちを本当に良く見かけた。ごみの収集も毎日行われていて、こちらもごみ収集カーでなく人力のリヤカーで行われる。
雨のせいかどうかは分からないけど、今朝の運河は昨日と比べると水かさがすごく増えていた。サンマルコ広場では巨大な水溜り。近寄ってみたら雨が降ってできた水溜りでなく、石の隙間から染み出た海水だと分かった。石の隙間からボコボコ水が吹き上がってるのが見て取れた。昨日はハトばかりで一匹も見かけなかったカモメが水溜りの上にたたずんでいる。

リアルト橋より。昨日、晴れた朝に見たのと同じ風景。晴れた時は朝日で壁がオレンジ色ですごくきれいだった。曇りの日はしっとりした感じ。

市場の近くの船着場も水がだいぶ上がってきてた。

市場。晴れたときと曇りのときとでは野菜や果物の色の見え方がぜんぜん違ってくる。

あたりを散歩してるうちにもうすぐ迎えの船がやってくる時間になってきた。次、ベネツィアに来れるのはいつになるか分からないからちょっと名残惜しい。
ところで今日はイタリア中で交通機関のストライキが行われているとのことで、バス、電車、ありとあらゆる乗り物が動かんらしい。今日は電車での移動なので添乗員さんもどうなるかだいぶ気をもんでいた。でも良かったことに私たちが乗る予定の国際線だけはちゃんと動いているそうだ。
ホテルを船に乗って出発して駅に着くと赤や黄色の旗を持った人々が音楽をかけてにぎやかにストをしていた。翌日土曜日は仕事が休みなのでストライキが行われるのも金曜日が多いらしい。音楽にあわせてダンスしたり結構楽しそうにも見える。添乗員さんがイタリアでは学生もストライキをするよと言っていた。

ストライキを見るのは初めてなので珍しいからツアーの人も記念に写真を撮っていた。ストライキはイタリアではよく行われるのでみんな慣れているそうだ。

乗る電車はユーロスター。名前は聞いたことがあった。乗る車両は一車両目なので乗り口までホームを歩くけど、すごく長い電車で一車両目まで行くのに結構歩いた。
11時25分に電車が出発。ベネツィアを後にしてフィレンツェへ。フィレンツェに到着は午後2時を予定。車内では静かに願いますとのことで、テーブルを出して昨日途中だった日記の続きを書く。隣の席のアメリカ人紳士は手紙を書いている。他の人は小さな声で話したり寝たりしてる。電車はガタゴト揺れることもなく静かに走行していた。なかなか快適。
でも後ろの席のイタリア人紳士がひたすら携帯電話でしゃべり続けていて周りの人が迷惑していた。隣のアメリカ人紳士も呆れ顔。その人の後ろに座ってまどろんでた人も起こされてちょっと怒っている。乗客代表で添乗員さんが係りの人に「なんとかして」と言ったら、係りの人に黙らされていた。
なんかイタリアに来て道を歩いていたら、携帯でしゃべりながら歩いてる人をホントに良く見かけた。日本のメール確認しながら歩いてる人を見る感じなのかなぁ。なんかホントにみんな大きな声で良くしゃべっている。
電車の窓からはのどかな農場の風景。そんで時々街の風景。ベネツィアでは一台も見かけなかった車ももう普通に走っている。ぜんぜん知らない駅名のホームを通りすぎていったけど、唯一「ボローニャ」だけ地名は知ってた。
フィレンツェには予定の時間通りに着いた。遅めのお昼。中華料理店だった。ご飯とお箸で食べる食事に少しほっとするが、大皿に盛られたご飯の盛り付けがすごくやけくそ気味だった。店員は空いている時間を利用して、後ろの席でマージャンに興じていた。
昼食後にフィレンツェの超見所の花の聖母教会とミケランジェロのダビデ像のあるシニョーリア広場、ウフィッツィ美術館を案内してもらった。
花の聖母教会のレンガ色のクーポラはルネサンス時代、ブルネレスキが設計したもの。

昔、洗礼堂の扉製作でブルネレスキとギベルティが「イサクの犠牲」をモチーフにコンペで争った。でも審査員が最終的に選んだのがアカデミックな手法のギベルティの作品。ブルネレスキの作品は臨場感があるし力強いけど当時としてはちょっと斬新過ぎたそうだ。審査員はブルネレスキの作品もよかったので、ギベルティと一緒に扉を製作したらと言ったけど、ブルネレスキはそれに同じなかった。ブルネレスキはその後、彫刻から建築・設計の世界に進んで聖母教会のクーポラの設計で大評価されたという。
ブルネレスキとギベルティのうんぬんかんぬんは西洋美術史のI先生に頭に叩き込まれた上、美術特論でもI先生の熱弁を聞いた。あの時「試験に出るから覚えないと」と思って記憶しただけだったのに数年後、その実物を見ることができるとは。
聖母教会の前にある洗礼堂にはギベルティの「天国の門」(レプリカ)がはめ込まれていた。
クーポラの内側は最後の審判が描かれている。最後の審判よりもウッチェロ作のジョン・ホークウッドの騎馬像をじっくり見たかったけど、別個に動くと迷惑がかかるのでちらっと見しかできなかった。ガイドさんの説明を聞きながらサクサクッと見て回って教会を出た。
聖母教会の真横がシニョーリア広場。今も昔も変わらないフィレンツェの行政の中心。大きく立派なレンガ造りの建物は今でも役所として利用されているという。出入り口の近くに複製だけどミケランジェロ作のダビデ像。広場の真ん中のネプチューンがこれまたムキムキ。イタリア来てからムキムキを見すぎて疲れてきた。もっとじっくり時間をかけて見て回れればいいんだろうけど、いい作品を詰め込み見すぎてこの辺で教会とかどれを見ても同じなような気がしてくる。
今日の観光の最後はウフィッツィ美術館。大きな美術館なので全部見るのはとても無理ということで、ルネサンス期の主だった作品を鑑賞することになる。入館人数は500人までと決められているので、美術館に入るにはまず並ばないといけない。でも阪神航空社がうまいことしてくれたのか並ばずに入れた。ただし、館内では入国審査並みの入館チェックがあった。以前、ペットボトルに入った液体を名画にかけた罰当たりな人がいたそうだ。なのでペットボトルは持ち込み厳禁。
美術館から見た夕暮れ時のベッキオ橋。

チマブーエやジョットーと言った初期のキリスト教絵画に始まって、ボッティチェリの「ビーナス誕生」や「春」を見る。他にもダビンチ、ピエロ・デッラ・フランチェスカ、フィリッポ・リッピ、ミケランジェロなどなど美術の教科書で見た名作をたくさ見ることができた。描きかけだけどダビンチの大作「東方三賢者の礼拝」が良かった。まだおつゆ描きぐらいの描き込みなのにすごく存在感があった。
見学したのは3階で2階はダビンチやミケランジェロのデッサン展示。こっちの方が見たかったけどツアーなので難しい。一通り見終えてから少し自由時間があったので戻ってウッチェロの「サン・ロマーノの戦い」をじっくり見た。
夜7時半にホテル近くのレストランで晩御飯。ラザニアと皿からはみ出そうなくらい巨大なTボーンステーキ。席の真横に巨大な骨付きの肉塊が置いてあって、店の人がナタで切り分けたのを焼いて出してくれる。ベネツィアは海の中にあるので魚が主だったけど、ここらは肉料理がおいしいらしい。確かにおいしい肉だったけどあまりにも巨大すぎて肉ばっかり食べたので飽きた。付け合せのホウレンソウのソテーがクタクタに煮すぎて歯ごたえがイマイチ。しかも水気を切ってないのかボトボト。さっと茹でて冷水にくぐらせてぎゅっと絞ればもっとおいしくなるのに。(この店だけホウレンソウはいまいちなのかなぁと思ってたけど他の店もホウレンソウはこんなんだった。)
とにかく一ヶ月分の肉を食べた気になった。
次の日はサンジミニャーノとシエナのオプショナルツアーへ参加する予定だったけど、あんまり人が集まらず催行中止になった。サンジミニャーノ、すごく楽しみにしてたのにがっかりした。でもフィレンツェの街も見所がまだまだたくさんあるから、翌日はフィレンツェをじっくり見て回ろうということでネットカフェで情報収集。教えてgooや2ちゃんねるの画面、めちゃくちゃ懐かしい。
夜10時過ぎにホテルに帰って洗濯して寝る。
イタリア旅行4日目 一日中ベネツィア
朝7時半に起きてご飯を済ませてからすぐ朝市へ。リアルト橋を渡ったところの広場で朝市を毎朝やっている。だいたい朝7時からお昼ごろまで魚や野菜の店が並ぶという。
朝のリアルト橋からのベネツィアの街の眺めは清々しかった。
市場ではパプリカやズッキーニ、唐辛子やいろんなハーブ、小さな玉ねぎやブロッコリーがとがったみたいな見たこともない野菜が色とりどりに並べられていた。他にもオレンジ、洋ナシ、イチゴ、ブドウ、ざくろといった果物類も豊富。柿まで売られていた。トマトひとつとっても極小のからボコボコのコブだらけのものまで様々。
リアルト橋を渡ったところ。朝なのでシャッターが閉まってるけど昼はアクセサリーや土産物を売る店になってすごく賑わっていた。

朝市の入り口。

たくさんある八百屋さんのうちの一軒。栗やピーナッツなんかも扱っていた。

魚屋さんの方は、タイ、クエ、舌平目、ヒラメ、鰯、ヒメチといった日本でおなじみの魚のほかクモガニ、ボラ、タコ、墨で真っ黒になったイカなどなど。海老やシャコもぴちぴち跳ねているし、ぶつ切りになったカジキやアンコウはちょっと珍しかった。貝類もアサリ、ムール貝、ホタテ、とこぶし(?)、名前の分からない巻貝、マテ貝なんかが山盛りになっている。みんな新鮮。アドリア海産。市場のの兄さん、おっちゃんたちは口笛や鼻歌を歌ったりして仕事をしている。
墨で真っ黒なイカ。

カジキや見たこともない魚。

皮を剥がれた魚。サメなのかなぁ。

市場の前の船着場。街には車が走ってないので水運を利用。

聖マルコのシンボルライオン彫刻。市場にもあった。

市場の近くのなんかの建物。満ち潮どきで水が上に上がってきてる。縁台を出してみんなその上を歩いてた。宿泊したホテルにもこの縁台があったし、サンマルコ広場も水が上に上がってきたら広場に縁台をだして観光客はその上を歩くらしい。縁台もそれだけ大きくないから水が上がった広場は大分混雑すると添乗員さんが言っていた。

レストランの人が朝、ここに食材を買い付けに来るらしい。地元の人も犬を連れて買いに来ていた。市場横のハシケでは野菜を満載した船が止まっていて、横では近所の人っぽいおじさんがつりの仕掛けを作っている。おじさんの友達みたいな人が「何釣るの?」っていう感じで話しかけていた。市場は魚屋や八百屋の他にも肉屋やドライフルーツ、パスタなどを扱う乾物屋があった。
路地に入ると洗濯物を干してた。

ちょっと日も高くなってきたので歩いてサンティシマ・ジョバンニ・エ・パオロ教会へ。名前が長い教会だけど、教会の前にベロッキオのコッレオーニ騎馬像があるというので是非見てみたい。でも道がよく分からないので迷う。道が細くて入り組んでるが、路地の風景も角を曲がるたびに変化があって面白いので迷うのも楽しい。迷った先に静かなたたずまいの教会と広場があった。
ちょうど広場の真ん中にベンチがあったので腰掛けて現在地を地図で確認していたら猫がやってきてひざの上に乗っかった。まん丸に太った猫。向かいのベンチで井戸端会議してるおばあさんの飼い猫かな?赤い首輪には迷子になった時のための携帯番号の小さなメモが結び付けられていた。人のひざの上があったかくていごごち良いのかひざから動こうとしなかった。

また別の教会の前では野良猫ハウスがあってブチ猫親子が3匹日向ぼっこしていた。この猫も丸かった。でも触ろうと思って近寄ったら「シャーッ!」と言って逃げた。

ベネツィアの路地は入り組んでる風景が面白いけど、道路の石畳には犬のフンとシッコがいたるところにある。うっかりすると踏みそう。犬連れて散歩してる人は結構いるけどみんなウンコ袋を持っていなかった。
迷いに迷って見つけた大通りに出ると昨日見学したドゥカーレ宮殿に戻っていた。宮殿は目的地とは正反対の方向なのでまた路地を引き返した。道が細くて分かりにくかったけど、次は何とか到着。細い道を歩いていると教会に行くっぽい人たちが同じ方向に向かって歩いていたので付いていった。小道を抜けたところに大きな教会が見えたときはほっとした。
教会の広場の真ん中にはダビンチの師、ベロッキオ作の有名なコッレオーニ騎馬像がある。なんかベネツィアの傭兵隊長だったとか西洋美術で習ったけど忘れた。ただ、西洋美術史のI先生が「コッレオーニと言うのは睾丸と言う意味で力の象徴です。コッレオーニの紋章は3つの睾丸がデザインされています」と熱く語っていたのはよく覚えていたので紋章を確認。ソラマメみたいなのが3つならんだ紋章だった。
逆光気味でよく像の細かいところが分からないので背伸びしたりして像のあたりをウロウロしていると、教会前の運河に真っ赤なバラを満載したゴンドラが乗り付けてきた。騎馬像は結局良く見えないので教会の中に入ることにした。拝観料は一人2.5ユーロ。
祭壇横のステンドグラス。

ベッリーニの祭壇画を見ていたら、さっきゴンドラに満載していた真っ赤なバラが教会の中に入ってきた。バラに見とれてて気にかけなかったけど、バラの下には棺があった。棺の後には喪服の人々。紫色の法衣を着た神父さんが棺を迎え入れるとお葬式が始まった。神父さんが何かしゃっべっている。時々神父さんの合図で皆立ち上がってアーメンを唱えていた。荘厳な雰囲気。他の主な絵画や彫刻を邪魔にならないように見て、そっと教会の外に出た。
パオロ教会を出るとちょうど12時前。お昼にしようかということで、リアルト橋のたもとにあるレストラン(アッラ・マドンナ)に入った。ちょっと場所が奥まったところにあって入り口が分かりにくかったけど日本語メニューがあるし、味も良いのでお勧めらしい。仕入れも確かとの事。川辺に椅子やテーブルを置いたレストランはいかにもベネツィアらしい感じがするけど、だいたいが冷凍モノと聞いた。
シーフード盛り合わせ、トマトのラビオリ、マトダイのグリル、アサリの蒸し物、鰯のフライを注文。どの料理もレモンのぶつ切りがついていた。味付けはオリーブオイルがかかってるぐらいでとてもあっさり。前菜のシーフードはイイダコが入っていた。イタリア人、タコ食べるんか。茹でたシャコがおいしかった。全部で68ユーロ。高けぇ。
私たちが店を出るころにはお客さんで満席になっていた。

ここのレストランで面白かったのが店内の片隅の長テーブルで海老の殻をむいていたおじさんたち。開店早々店に入ったのでお客はうちらだけかと思ったら、おっちゃんが5人ほどもう店に入っていて、しゃべりながらひたすら海老をむいていた。海老の殻がテーブルに山盛りで「どんだけ海老好きやねん」と思って見てたら店員さんがやってきて、持ってたスコップで海老の殻山を掃除しだすとおじさんたちもどこかに行ってしまった。後で聞くと、海老をむく為に雇われている方々らしい。店の開店当初はこういう風景が見られるとのことだ。
アッラ・マドンナのある通り。一階より二階の方が道路にせり出してきている。一階よりも二階が広いなんて変な造りじゃのう。二階は木で支えていた。
ご飯を済ましてから大信者会へ行く。一人7ユーロ。ベネツィアの商人や貴族と言ったお金持ちが慈善事業を行うために作った組合が信者会らしい。その組合員が信仰心を表すために豪華な集会場を造ったとかなんとか。建物は16世紀のもの。中はティントレットが20年かかって描きあげた56枚の天井画の大作が大広間に飾ってある。絵の周りは絵に負けないぐらい豪華な金の装飾。壁にはすごく怖い形相をした一般市民風の木彫り彫刻。上を見続け首が痛い。絵の中の人物はどの人もええ体。その上みんな大振りなポーズだ。大信者会の前では黒犬を連れたギター弾きがいてカントリーロードを歌っていた。
ついでに信者会前のフラーリ教会にも寄ってみる。ティッツィアーノの聖母被昇天が有名だけど、その横にあった絵でセバスティアヌスの隣に描かれたじいさんの足がつるっとしていてセクシーだったのが記憶に残った。聖母被昇天の絵の前は白いユリの花がたくさんお供えされていた。教会の中はユリの花のいい香り。黒い大理石で造られた大きな黒人の彫刻にはおどろかされた。あと、巨大な△型の大理石の真ん中にドアが彫刻された不思議な壁面があった。△の前には眠るライオン像。その横には「今日、野球できへんわ」と言う感じでバットを持ってうなだれる天使の彫刻。字が読めないので何を表したのか良く分からないけど、ライオンや天使の表現がリアルで生きているようだった。
この辺でトイレに行きたくなってきた。バールに入るのもアレだしホテルに戻るにしても遠い。困ったと思って歩いているとアカデミア橋(木製)のたもとに公衆トイレがあったので利用した。トイレ入るのに1ユーロ。お金を機械に入れるとバーが下がって中に入れる。出るときは横の赤いボタンを押す。使い方が分からずトイレに閉じ込められた。
アカデミア橋を渡ってサンマルコ広場に戻ってきた。ちょうど島をぐるっと一周した感じ。サンマルコ広場のハトに餌をやる。ハトがアホほど寄ってくる。あっという間にハト人間になってしまった。ハトの重みで服がずれる。広場のあちこちから餌を手にした人がハトの襲撃にあって悲鳴を上げる声を聞いた。
ハト、よく見たら顔怖い。

ハト使い。ハトの重みで服が着崩れた。

ハトの襲撃を受ける人。

ハトが去ると、手がハト糞と引っかき傷だらけになっていた。
ハト糞まみれで広場の96メートルの鐘楼にエレベーターで登る。晴れているので見晴らしがよかった。街の屋根が全部赤レンガ。徹底的に赤レンガ。

サンマルコ寺院のモザイク。

切り売りのピザを食べているときに、手持ちのお金を確認したら残り820ユーロ。旅が始まって4日目。ベネツィアにきてゴンドラ乗ったり教会を拝観してるうちに結構使ってしまったようだ。今後の日程のオプション参加費で、サンジミニャーノとポンペイ遺跡へ行くのに560ユーロは絶対必要。手持ち金から560ユーロ引くと残りのお金は260ユーロ。残り5日間、この260ユーロでご飯代やら何もかも出さないといけないことに気づいた。ちょっとヤバイ。
ちょうど目の前にクレジットカードから現金を下ろせる機械があったけどいまいち使い方が分からずエラーがでてしまう。しかもベネツィアはレートがとても悪かった。1ユーロが180円もする。途方にくれていたらちょうど添乗員さんにばったり会った。「クレジットカードで現金下ろすとレートも悪いし、機械がたまにカードを返してくれないことがあって危険だから買い物はみんなカードでした方がよい」と助言してもらった。現金にしたいんだったらフィレンツェでレートのいい両替屋を教えるよと言ってくれたのでほっとした。旅先でお金に困ることほど心細いことはない。(海外旅行するとき、支払いは現金じゃなくカードが普通と後で知った。でもこのときは知らなかったのでめちゃくちゃ焦った)
ほっとしたところで6時半。もうあたりは真っ暗。ホテルのレストランが一杯だったので外で夕食をとった。ホテル近くのセンピオネというレストラン。海の幸の盛り合わせ、海老のボイル、ミックスサラダ、野菜のペンネ、クモガニのサラダ。味はそこそこだったけどお会計は85ユーロもした。改めて高けぇよ。添乗員さんの言ったとおりカードで払った。
このレストランも日本語メニューがあったけど、メニューの下のほうに「材料がないときは冷凍を使います」と書いてあった。きちんとしたところは自己申告してるらしい。ベネツィアはもう今日で最後なので時間の許すかぎりうろうろ。リアルト橋や夜のサンマルコ広場を見たくて再び訪れたりした。
朝市行った時は閉まってた、リアルト橋付近の通り。夜も賑わっている。
ホテルに戻ると9時半を過ぎていた。一日中歩き通したのでクタクタ。でも心地よい疲れ。日記を書きながら机に突っ伏してそのまま寝てしまった。
朝のリアルト橋からのベネツィアの街の眺めは清々しかった。

市場ではパプリカやズッキーニ、唐辛子やいろんなハーブ、小さな玉ねぎやブロッコリーがとがったみたいな見たこともない野菜が色とりどりに並べられていた。他にもオレンジ、洋ナシ、イチゴ、ブドウ、ざくろといった果物類も豊富。柿まで売られていた。トマトひとつとっても極小のからボコボコのコブだらけのものまで様々。
リアルト橋を渡ったところ。朝なのでシャッターが閉まってるけど昼はアクセサリーや土産物を売る店になってすごく賑わっていた。

朝市の入り口。

たくさんある八百屋さんのうちの一軒。栗やピーナッツなんかも扱っていた。

魚屋さんの方は、タイ、クエ、舌平目、ヒラメ、鰯、ヒメチといった日本でおなじみの魚のほかクモガニ、ボラ、タコ、墨で真っ黒になったイカなどなど。海老やシャコもぴちぴち跳ねているし、ぶつ切りになったカジキやアンコウはちょっと珍しかった。貝類もアサリ、ムール貝、ホタテ、とこぶし(?)、名前の分からない巻貝、マテ貝なんかが山盛りになっている。みんな新鮮。アドリア海産。市場のの兄さん、おっちゃんたちは口笛や鼻歌を歌ったりして仕事をしている。
墨で真っ黒なイカ。

カジキや見たこともない魚。

皮を剥がれた魚。サメなのかなぁ。

市場の前の船着場。街には車が走ってないので水運を利用。

聖マルコのシンボルライオン彫刻。市場にもあった。

市場の近くのなんかの建物。満ち潮どきで水が上に上がってきてる。縁台を出してみんなその上を歩いてた。宿泊したホテルにもこの縁台があったし、サンマルコ広場も水が上に上がってきたら広場に縁台をだして観光客はその上を歩くらしい。縁台もそれだけ大きくないから水が上がった広場は大分混雑すると添乗員さんが言っていた。

レストランの人が朝、ここに食材を買い付けに来るらしい。地元の人も犬を連れて買いに来ていた。市場横のハシケでは野菜を満載した船が止まっていて、横では近所の人っぽいおじさんがつりの仕掛けを作っている。おじさんの友達みたいな人が「何釣るの?」っていう感じで話しかけていた。市場は魚屋や八百屋の他にも肉屋やドライフルーツ、パスタなどを扱う乾物屋があった。
路地に入ると洗濯物を干してた。

ちょっと日も高くなってきたので歩いてサンティシマ・ジョバンニ・エ・パオロ教会へ。名前が長い教会だけど、教会の前にベロッキオのコッレオーニ騎馬像があるというので是非見てみたい。でも道がよく分からないので迷う。道が細くて入り組んでるが、路地の風景も角を曲がるたびに変化があって面白いので迷うのも楽しい。迷った先に静かなたたずまいの教会と広場があった。

ちょうど広場の真ん中にベンチがあったので腰掛けて現在地を地図で確認していたら猫がやってきてひざの上に乗っかった。まん丸に太った猫。向かいのベンチで井戸端会議してるおばあさんの飼い猫かな?赤い首輪には迷子になった時のための携帯番号の小さなメモが結び付けられていた。人のひざの上があったかくていごごち良いのかひざから動こうとしなかった。

また別の教会の前では野良猫ハウスがあってブチ猫親子が3匹日向ぼっこしていた。この猫も丸かった。でも触ろうと思って近寄ったら「シャーッ!」と言って逃げた。

ベネツィアの路地は入り組んでる風景が面白いけど、道路の石畳には犬のフンとシッコがいたるところにある。うっかりすると踏みそう。犬連れて散歩してる人は結構いるけどみんなウンコ袋を持っていなかった。
迷いに迷って見つけた大通りに出ると昨日見学したドゥカーレ宮殿に戻っていた。宮殿は目的地とは正反対の方向なのでまた路地を引き返した。道が細くて分かりにくかったけど、次は何とか到着。細い道を歩いていると教会に行くっぽい人たちが同じ方向に向かって歩いていたので付いていった。小道を抜けたところに大きな教会が見えたときはほっとした。
教会の広場の真ん中にはダビンチの師、ベロッキオ作の有名なコッレオーニ騎馬像がある。なんかベネツィアの傭兵隊長だったとか西洋美術で習ったけど忘れた。ただ、西洋美術史のI先生が「コッレオーニと言うのは睾丸と言う意味で力の象徴です。コッレオーニの紋章は3つの睾丸がデザインされています」と熱く語っていたのはよく覚えていたので紋章を確認。ソラマメみたいなのが3つならんだ紋章だった。
逆光気味でよく像の細かいところが分からないので背伸びしたりして像のあたりをウロウロしていると、教会前の運河に真っ赤なバラを満載したゴンドラが乗り付けてきた。騎馬像は結局良く見えないので教会の中に入ることにした。拝観料は一人2.5ユーロ。
祭壇横のステンドグラス。

ベッリーニの祭壇画を見ていたら、さっきゴンドラに満載していた真っ赤なバラが教会の中に入ってきた。バラに見とれてて気にかけなかったけど、バラの下には棺があった。棺の後には喪服の人々。紫色の法衣を着た神父さんが棺を迎え入れるとお葬式が始まった。神父さんが何かしゃっべっている。時々神父さんの合図で皆立ち上がってアーメンを唱えていた。荘厳な雰囲気。他の主な絵画や彫刻を邪魔にならないように見て、そっと教会の外に出た。

パオロ教会を出るとちょうど12時前。お昼にしようかということで、リアルト橋のたもとにあるレストラン(アッラ・マドンナ)に入った。ちょっと場所が奥まったところにあって入り口が分かりにくかったけど日本語メニューがあるし、味も良いのでお勧めらしい。仕入れも確かとの事。川辺に椅子やテーブルを置いたレストランはいかにもベネツィアらしい感じがするけど、だいたいが冷凍モノと聞いた。
シーフード盛り合わせ、トマトのラビオリ、マトダイのグリル、アサリの蒸し物、鰯のフライを注文。どの料理もレモンのぶつ切りがついていた。味付けはオリーブオイルがかかってるぐらいでとてもあっさり。前菜のシーフードはイイダコが入っていた。イタリア人、タコ食べるんか。茹でたシャコがおいしかった。全部で68ユーロ。高けぇ。
私たちが店を出るころにはお客さんで満席になっていた。

ここのレストランで面白かったのが店内の片隅の長テーブルで海老の殻をむいていたおじさんたち。開店早々店に入ったのでお客はうちらだけかと思ったら、おっちゃんが5人ほどもう店に入っていて、しゃべりながらひたすら海老をむいていた。海老の殻がテーブルに山盛りで「どんだけ海老好きやねん」と思って見てたら店員さんがやってきて、持ってたスコップで海老の殻山を掃除しだすとおじさんたちもどこかに行ってしまった。後で聞くと、海老をむく為に雇われている方々らしい。店の開店当初はこういう風景が見られるとのことだ。
アッラ・マドンナのある通り。一階より二階の方が道路にせり出してきている。一階よりも二階が広いなんて変な造りじゃのう。二階は木で支えていた。

ご飯を済ましてから大信者会へ行く。一人7ユーロ。ベネツィアの商人や貴族と言ったお金持ちが慈善事業を行うために作った組合が信者会らしい。その組合員が信仰心を表すために豪華な集会場を造ったとかなんとか。建物は16世紀のもの。中はティントレットが20年かかって描きあげた56枚の天井画の大作が大広間に飾ってある。絵の周りは絵に負けないぐらい豪華な金の装飾。壁にはすごく怖い形相をした一般市民風の木彫り彫刻。上を見続け首が痛い。絵の中の人物はどの人もええ体。その上みんな大振りなポーズだ。大信者会の前では黒犬を連れたギター弾きがいてカントリーロードを歌っていた。
ついでに信者会前のフラーリ教会にも寄ってみる。ティッツィアーノの聖母被昇天が有名だけど、その横にあった絵でセバスティアヌスの隣に描かれたじいさんの足がつるっとしていてセクシーだったのが記憶に残った。聖母被昇天の絵の前は白いユリの花がたくさんお供えされていた。教会の中はユリの花のいい香り。黒い大理石で造られた大きな黒人の彫刻にはおどろかされた。あと、巨大な△型の大理石の真ん中にドアが彫刻された不思議な壁面があった。△の前には眠るライオン像。その横には「今日、野球できへんわ」と言う感じでバットを持ってうなだれる天使の彫刻。字が読めないので何を表したのか良く分からないけど、ライオンや天使の表現がリアルで生きているようだった。

この辺でトイレに行きたくなってきた。バールに入るのもアレだしホテルに戻るにしても遠い。困ったと思って歩いているとアカデミア橋(木製)のたもとに公衆トイレがあったので利用した。トイレ入るのに1ユーロ。お金を機械に入れるとバーが下がって中に入れる。出るときは横の赤いボタンを押す。使い方が分からずトイレに閉じ込められた。
アカデミア橋を渡ってサンマルコ広場に戻ってきた。ちょうど島をぐるっと一周した感じ。サンマルコ広場のハトに餌をやる。ハトがアホほど寄ってくる。あっという間にハト人間になってしまった。ハトの重みで服がずれる。広場のあちこちから餌を手にした人がハトの襲撃にあって悲鳴を上げる声を聞いた。
ハト、よく見たら顔怖い。

ハト使い。ハトの重みで服が着崩れた。

ハトの襲撃を受ける人。

ハトが去ると、手がハト糞と引っかき傷だらけになっていた。
ハト糞まみれで広場の96メートルの鐘楼にエレベーターで登る。晴れているので見晴らしがよかった。街の屋根が全部赤レンガ。徹底的に赤レンガ。

サンマルコ寺院のモザイク。

切り売りのピザを食べているときに、手持ちのお金を確認したら残り820ユーロ。旅が始まって4日目。ベネツィアにきてゴンドラ乗ったり教会を拝観してるうちに結構使ってしまったようだ。今後の日程のオプション参加費で、サンジミニャーノとポンペイ遺跡へ行くのに560ユーロは絶対必要。手持ち金から560ユーロ引くと残りのお金は260ユーロ。残り5日間、この260ユーロでご飯代やら何もかも出さないといけないことに気づいた。ちょっとヤバイ。
ちょうど目の前にクレジットカードから現金を下ろせる機械があったけどいまいち使い方が分からずエラーがでてしまう。しかもベネツィアはレートがとても悪かった。1ユーロが180円もする。途方にくれていたらちょうど添乗員さんにばったり会った。「クレジットカードで現金下ろすとレートも悪いし、機械がたまにカードを返してくれないことがあって危険だから買い物はみんなカードでした方がよい」と助言してもらった。現金にしたいんだったらフィレンツェでレートのいい両替屋を教えるよと言ってくれたのでほっとした。旅先でお金に困ることほど心細いことはない。(海外旅行するとき、支払いは現金じゃなくカードが普通と後で知った。でもこのときは知らなかったのでめちゃくちゃ焦った)
ほっとしたところで6時半。もうあたりは真っ暗。ホテルのレストランが一杯だったので外で夕食をとった。ホテル近くのセンピオネというレストラン。海の幸の盛り合わせ、海老のボイル、ミックスサラダ、野菜のペンネ、クモガニのサラダ。味はそこそこだったけどお会計は85ユーロもした。改めて高けぇよ。添乗員さんの言ったとおりカードで払った。
このレストランも日本語メニューがあったけど、メニューの下のほうに「材料がないときは冷凍を使います」と書いてあった。きちんとしたところは自己申告してるらしい。ベネツィアはもう今日で最後なので時間の許すかぎりうろうろ。リアルト橋や夜のサンマルコ広場を見たくて再び訪れたりした。
朝市行った時は閉まってた、リアルト橋付近の通り。夜も賑わっている。

ホテルに戻ると9時半を過ぎていた。一日中歩き通したのでクタクタ。でも心地よい疲れ。日記を書きながら机に突っ伏してそのまま寝てしまった。
イタリア旅行3日目 ミラノ〜ベネツィアへ
朝8時、ホテルをバスで出発。ミラノを出てベネツィアへ。
ミラノは通勤時間なのか道路が混んでいる。道脇にはやっぱり二重駐車の車。地下駐車場は掘ると遺跡が出てくるので造れない。立体駐車場も美観を損なうので造れない。昔は馬車が交通の主流だったので車がなかった。現代になって、道を広くして新しい工法で駐車場なりを造った方が安上がりだけど、みんな古い街を大切にしているのでそれはしない。道脇の黄色い線などで区切っているところが有料駐車場。駐車スペースがあんまりないからか二人乗りの小ベンツ(スマート?)もよく見かけた。乗ってるバスは路面電車の線路の上も平気で走っている。道を行く車の色はグレーが多い気がした。あと青色も結構いる。
この時間帯はちょうど通学時なのか大きなリュックを背負った母親と子供が道を歩いている。学校にロッカーがないので教科書一式毎日持ってこないといけないそうだ。子供の8割が腰痛で悩んでいるらしい。小学生らへんまでは親の付き添いで登下校するのが普通と添乗員さんが言っていた。
事故車。
ミラノ郊外に出て高速に乗ったら霧がすごくて風景がまったく見えない。でも途中で晴れた。車窓は一面の畑。ブドウが植えてある。あとは何かわからん。畑を全部田んぼにしたら東北か北海道の風景になるのかなー。高速に乗って一時間ほど走ったところで山の斜面に広がるベルガモの風景が見えた。
高速のインターで見つけた鴨人形。こいつもめちゃかわええ。
畑では日本でよく見かける、田んぼの中にある巨大看板とかそういう広告類がまったくない。時々牛や馬、羊の放牧を見かける。
お昼の12時ごろにベネツィアの入り口到着。世界遺産なのでバスが乗り入れる際は通行料を払う。一台につき200ユーロ。
ベネツィアは潟の上にある街なのであんまり土地がない。ここに住んでいるのは先祖代々のベネツィア人かお金持ちだそう。ベネツィアには大きな橋(リベルタ橋?)を渡って入った。橋の入り口両脇にはベネツィアの守護聖人・聖マルコのシンボルの羽のあるライオンの像。エジプトで亡くなった聖マルコの遺体がベネツィアに納められているそうな。ベネツィアでは羽のあるライオン像やレリーフをいたるところで見かけた。
橋降りてからすぐまた船に乗り換えて、ベネツィア中心部にあるホテルに向かった。
船待ってるときに見かけたご婦人と犬。犬フッサフサ。

ホテルに荷物を置いてから、サンマルコ広場を抜けたところにあるレストランで昼食。イカ墨パスタ。黒い。
ベネツィアは路地に入ると面白い。細い石畳の小道を挟んで古いレンガの家が建っている。いたるところに水路。運河の水が時々上がってきて家の一階が冠水してしまうこともあるらしい。住むのは二階で一階はお店として利用されている。何年か前、サンマルコ広場が股下まで冠水したことがあったそうだ。
お昼食べたからイタリア人ガイドさんの付き添いでドゥカーレ宮殿とサン・マルコ寺院を見学。ルネサンス時代に建てられた宮殿は(もともとは9世紀に建てられたが、火災にあったので15世紀に建てなおした。)栄華を極めたベネツィア共和国の政治の中心だったという。広間には金ぴかの装飾と天井には巨大な油絵が施されている。ベネツィアはフレスコ画だと湿気が多く、すぐ漆喰がだめになってしまうので湿気に強く変色しにくい油絵が発達したそうだ。ティッツリアーノ、ベッリーニ、ティントレットの大作で壁面が埋め尽くされていた。開いた空間もさまざまな裸体彫刻が施されていて肉々しい。
宮殿の階段の前の階段にいらっしゃる、イルカを持った全裸のおじさんが海の神様のポセイドン。海に囲まれたベネツィアの守り神。ここにもライオン彫刻がたくさんある。
宮殿横の河を隔てたところにある牢獄も見学。宮殿と牢獄をつなぐ渡り廊下みたいな橋は「ため息橋」と呼ばれているそうだ。かつてこの牢獄に連れて行かれる囚人が、橋を渡るとき窓から見える風景を見てため息をついたという。今はこの橋の下でカップルがキスをすると必ず結ばれるという名所になっている。ガイドさんが、この橋の名を出すたびに「愛のため息、イヒヒヒヒ」と変な笑い方をして面白かった。
実際牢獄の中は、カップルが書いたと思しきハートマークと自分の名前の落書きだらけ。
宮殿を出てからサン・マルコ寺院へ。ビザンチン様式の大聖堂。トルコのモスクのような外観。聖堂の中はモザイク絵画がびっしり。聖書の話の場面ごとにモザイクで表現されている。モザイクで描かれた人物の背景は金一色。遠近法も何もない空間処理。でも逆に聖人やキリストの姿がはっきりと浮かび上がる。構図もシンメトリーだけど厳粛で力強い感じがした。ルネッサンス期のモザイクは色による立体感や遠近法で細かい表現の技術が素晴らしかった。でもなんかビザンツ様式の平面的に表現されたモザイクのほうが、説得力があってありがたい気がした。
後はベネツィアグラスの工場で解散。あとは自由行動。サン・マルコ広場はハトだらけ。腕を大きく広げると、ハトがえさくれると思って寄ってくる。肩や頭にのっかてくる。広場ではおじさんやおばさんがハトえさを売っている。奈良の鹿せんべいみたいな感じ。広場の地面はハト糞だらけ。
自由時間に歌つきのゴンドラに乗った。ゴンドラ乗り場。賑わってる。
料金は一人45ユーロ、二人で90ユーロ。円にすると1万5千円。ベネツィアの運河は生活排水を濾過はしてるけどそのまま流れ込んでる状態らしいのでにごってる。魚もいない。でもゴンドラから見る街の眺めは本当に美しい。赤土色のレンガの壁や黄土色の壁に焼緑青色の窓、窓からはゼラニウムの明るい緑と赤い花が見える。時々川幅は2メートルとお知らせする標識もあった。アコーディオンの演奏にあわせて歌い手さんが5曲ほど披露してくれた。気楽な感じの明るいテンポの曲。声もよく響く。ベネツィアでゴンドラに乗るのは京都で人力車に乗る感じなんだろうけど、まぁベネツィアらしい雰囲気で面白かった。水上からベネツィアの町並みが見られるのがいい。
日本画でイタリアの風景を描いてる人をよく見かけるけど、レンガや壁の歳月を経たやさしい自然な色合いは確かに岩絵の具と相性が良さそう。なによりどこを切り取っても風景に味わいがあって絵になるなぁと思った。
ゴンドラを降りてちょっとうろうろしてから5時半ぐらいにホテルに戻る。少し眠って7時にご飯。アサリのボンゴレとサラダ、海老やイイダコのフライ。このホテルのご飯はなかなかさっぱりしていておいしかった。
8時半過ぎ部屋もどる。明日は一日自由行動。いっぱい歩くことにして明日の準備して寝る。

ミラノは通勤時間なのか道路が混んでいる。道脇にはやっぱり二重駐車の車。地下駐車場は掘ると遺跡が出てくるので造れない。立体駐車場も美観を損なうので造れない。昔は馬車が交通の主流だったので車がなかった。現代になって、道を広くして新しい工法で駐車場なりを造った方が安上がりだけど、みんな古い街を大切にしているのでそれはしない。道脇の黄色い線などで区切っているところが有料駐車場。駐車スペースがあんまりないからか二人乗りの小ベンツ(スマート?)もよく見かけた。乗ってるバスは路面電車の線路の上も平気で走っている。道を行く車の色はグレーが多い気がした。あと青色も結構いる。

この時間帯はちょうど通学時なのか大きなリュックを背負った母親と子供が道を歩いている。学校にロッカーがないので教科書一式毎日持ってこないといけないそうだ。子供の8割が腰痛で悩んでいるらしい。小学生らへんまでは親の付き添いで登下校するのが普通と添乗員さんが言っていた。
事故車。

ミラノ郊外に出て高速に乗ったら霧がすごくて風景がまったく見えない。でも途中で晴れた。車窓は一面の畑。ブドウが植えてある。あとは何かわからん。畑を全部田んぼにしたら東北か北海道の風景になるのかなー。高速に乗って一時間ほど走ったところで山の斜面に広がるベルガモの風景が見えた。
高速のインターで見つけた鴨人形。こいつもめちゃかわええ。

畑では日本でよく見かける、田んぼの中にある巨大看板とかそういう広告類がまったくない。時々牛や馬、羊の放牧を見かける。
お昼の12時ごろにベネツィアの入り口到着。世界遺産なのでバスが乗り入れる際は通行料を払う。一台につき200ユーロ。
ベネツィアは潟の上にある街なのであんまり土地がない。ここに住んでいるのは先祖代々のベネツィア人かお金持ちだそう。ベネツィアには大きな橋(リベルタ橋?)を渡って入った。橋の入り口両脇にはベネツィアの守護聖人・聖マルコのシンボルの羽のあるライオンの像。エジプトで亡くなった聖マルコの遺体がベネツィアに納められているそうな。ベネツィアでは羽のあるライオン像やレリーフをいたるところで見かけた。
橋降りてからすぐまた船に乗り換えて、ベネツィア中心部にあるホテルに向かった。
船待ってるときに見かけたご婦人と犬。犬フッサフサ。

ホテルに荷物を置いてから、サンマルコ広場を抜けたところにあるレストランで昼食。イカ墨パスタ。黒い。
ベネツィアは路地に入ると面白い。細い石畳の小道を挟んで古いレンガの家が建っている。いたるところに水路。運河の水が時々上がってきて家の一階が冠水してしまうこともあるらしい。住むのは二階で一階はお店として利用されている。何年か前、サンマルコ広場が股下まで冠水したことがあったそうだ。
お昼食べたからイタリア人ガイドさんの付き添いでドゥカーレ宮殿とサン・マルコ寺院を見学。ルネサンス時代に建てられた宮殿は(もともとは9世紀に建てられたが、火災にあったので15世紀に建てなおした。)栄華を極めたベネツィア共和国の政治の中心だったという。広間には金ぴかの装飾と天井には巨大な油絵が施されている。ベネツィアはフレスコ画だと湿気が多く、すぐ漆喰がだめになってしまうので湿気に強く変色しにくい油絵が発達したそうだ。ティッツリアーノ、ベッリーニ、ティントレットの大作で壁面が埋め尽くされていた。開いた空間もさまざまな裸体彫刻が施されていて肉々しい。
宮殿の階段の前の階段にいらっしゃる、イルカを持った全裸のおじさんが海の神様のポセイドン。海に囲まれたベネツィアの守り神。ここにもライオン彫刻がたくさんある。
宮殿横の河を隔てたところにある牢獄も見学。宮殿と牢獄をつなぐ渡り廊下みたいな橋は「ため息橋」と呼ばれているそうだ。かつてこの牢獄に連れて行かれる囚人が、橋を渡るとき窓から見える風景を見てため息をついたという。今はこの橋の下でカップルがキスをすると必ず結ばれるという名所になっている。ガイドさんが、この橋の名を出すたびに「愛のため息、イヒヒヒヒ」と変な笑い方をして面白かった。
実際牢獄の中は、カップルが書いたと思しきハートマークと自分の名前の落書きだらけ。
宮殿を出てからサン・マルコ寺院へ。ビザンチン様式の大聖堂。トルコのモスクのような外観。聖堂の中はモザイク絵画がびっしり。聖書の話の場面ごとにモザイクで表現されている。モザイクで描かれた人物の背景は金一色。遠近法も何もない空間処理。でも逆に聖人やキリストの姿がはっきりと浮かび上がる。構図もシンメトリーだけど厳粛で力強い感じがした。ルネッサンス期のモザイクは色による立体感や遠近法で細かい表現の技術が素晴らしかった。でもなんかビザンツ様式の平面的に表現されたモザイクのほうが、説得力があってありがたい気がした。
後はベネツィアグラスの工場で解散。あとは自由行動。サン・マルコ広場はハトだらけ。腕を大きく広げると、ハトがえさくれると思って寄ってくる。肩や頭にのっかてくる。広場ではおじさんやおばさんがハトえさを売っている。奈良の鹿せんべいみたいな感じ。広場の地面はハト糞だらけ。
自由時間に歌つきのゴンドラに乗った。ゴンドラ乗り場。賑わってる。

料金は一人45ユーロ、二人で90ユーロ。円にすると1万5千円。ベネツィアの運河は生活排水を濾過はしてるけどそのまま流れ込んでる状態らしいのでにごってる。魚もいない。でもゴンドラから見る街の眺めは本当に美しい。赤土色のレンガの壁や黄土色の壁に焼緑青色の窓、窓からはゼラニウムの明るい緑と赤い花が見える。時々川幅は2メートルとお知らせする標識もあった。アコーディオンの演奏にあわせて歌い手さんが5曲ほど披露してくれた。気楽な感じの明るいテンポの曲。声もよく響く。ベネツィアでゴンドラに乗るのは京都で人力車に乗る感じなんだろうけど、まぁベネツィアらしい雰囲気で面白かった。水上からベネツィアの町並みが見られるのがいい。

日本画でイタリアの風景を描いてる人をよく見かけるけど、レンガや壁の歳月を経たやさしい自然な色合いは確かに岩絵の具と相性が良さそう。なによりどこを切り取っても風景に味わいがあって絵になるなぁと思った。
ゴンドラを降りてちょっとうろうろしてから5時半ぐらいにホテルに戻る。少し眠って7時にご飯。アサリのボンゴレとサラダ、海老やイイダコのフライ。このホテルのご飯はなかなかさっぱりしていておいしかった。
8時半過ぎ部屋もどる。明日は一日自由行動。いっぱい歩くことにして明日の準備して寝る。
イタリア旅行2日目 ミラノ観光
朝7時、モーニングコールで起こされる。8時にご飯。9時にみんなそろってバスでホテルを出発。今日は午前中がツアーでミラノの観光名所行って午後からフリー。

地元のガイドさん(イタリア人と日本人)の方と一緒にまずスフォルツァ城へ。15世紀中ごろに建てられた城。15世紀中ごろって言うと日本は室町時代の中ごろか。四角い城壁、すべてレンガ造り。ジプシーの女の子がいて、もし取り囲まれたら必ず逃げろとガイドからのアドバイス。でも今日はパトカーがいたのでジプシーはいなかった。

城は芝生で覆われたきれいな公園でプラタナスが植えられている。秋なのでプラタナスは黄色く色付きかけ。城内チャリの乗り入れ禁止なのにイタリア人、通勤で平気で乗り入れている。城門には蛇と鷲の紋章。レンガも古びた色合い。
城の内部にある博物館を見学。墓石に刻まれた彫刻や柱の彫刻などの展示。

城をそのまま博物館にしているので天井壁画もそのまま見られる。ダビンチの描いた樹をモチーフにした部屋、太陽がたくさん描かれた赤い部屋など。お祈りをするためのプライベートルームに描かれた天井がは色あせかけていたけれど青い色が美しかった。ミケランジェロの最晩年の作品、ロンダニー二のピエタを見る。
公園の前で警察に捕まっている人がいた。警官はマシンガンみたいなのを持っていた。

公園の中で馬に乗っている警官がいた。

お城見学した後はバスでトイレ休憩のため免税店へ。日本人の店員さんで中は日本人のツアー客がいっぱい。ベネツィアグラスペアセットお買い上げで日本まで無料配達しますとのこと。値段は340ユーロ。今、日本円で1ユーロ165円だから円に直すと5万5千円。電卓を持ってきたので商品をユーロから日本円に直すとすべていい値段していた。
午前10時40分免税店出発。ミラノの中心部ドゥオモへ向かう。
ミラノの街は路上駐車がすごく多い。車が発明されるずっと前からの古い街なので、都市計画をする時に駐車場を作るという考えはもちろんなかったと添乗員さん。みんな駐車場がないので路上駐車する。道脇が縦列駐車の車でびっしり。二重駐車もよく見かけた。車を出すときは前後の車にコツコツぶつけながら出るという。バンパーが多少へこむのは気にしないらしい。オカマほってる状態で駐車している車もいた。二重駐車も多いのでよく渋滞する。
これバイク置き場。

車の種類はイタリアなのでフィアットやアルファロメオをよく見かけた。パトカーもフィアットかアルファロメオ。時々トヨタやマツダ、スズキの車も見かける。あとはベンツとかBMWとかフォルクスワーゲンとかルノーとかミニとかプジョーとか。他にもオリンピックの輪っかがひとつ足りなくて四輪ピックになってるロゴの車や、矢印が二つ重なったロゴ、雷模様をよこにしたようなロゴ、やや斜め縦線が5本ぐらいのロゴをつけた車もよく走ってた。ヒュンダイも旅行中一台だけ発見した。(日本に帰ってから調べたら四輪ピックのはアウディ、矢印みたいなのはシトロエン、雷横にしたやつはオペルだった。アウディは時々日本でも見かけるような。斜め縦線のは分からなかった。)

イタリアに来たのにフェラーリを一台も見かけない。街中だとあてられてへこむし、路上に止めるとまたあてられるので、高級車はちゃんと車庫を持っている人が休日郊外にドライブするとき乗るので街中では走っていないと添乗員さんが教えてくれた。
道で色つきの線が引っ張ってあるスペースが駐車場とのこと。
バスの車窓から見るミラノの街は建物が古い。築数百年はざらにあるらしい。しっかりと建てられて年代を経た建物はすごく価値があり平方メートルの単価も高くなるとのこと。在来工法が木造建築の日本だと火事があればなくなるけど、石でできた家はまだ火災には強いんだろうか。たくさんの古い家が残っていた。
11時ごろドゥオモ着。これドゥオモ前の広場。
棒立ちのおじさんの周りにハトが集まっている。

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアを観光。向かいはオペラ劇場のスカラ座。スカラ座の前の広場の真ん中にはダビンチの像がある。ハトがいっぱいたかっていた。ガレリアは1877年、日本で言う明治時代にイタリア王国統一の記念として造られたもの。アーケードの名前は初代国王の名前からとっている。たくさんのブティックや飲食店が並んでいる。アーケードの中心には4大陸を表す絵の描かれたアーチがある。上を見続けて首痛い。アーケードを抜けてドゥオモへ。

アーケードの通路はモザイクで装飾されていた。一日に一回だけ牛の股間に踵を乗せて一回転すると、その日にひとついいことが起こるらしい。おじさんが嬉しそうだ。
ドゥオモはゴシック様式の大聖堂。14世紀後半から500年かかって造られた教会とのこと。入り口でかばんの中身チェック、カメラのチェックを受けて中に入る。神聖な場所なので静かに拝観。世界最大の大きさを誇るステンドグラスに圧倒された。ドゥオモの外は現在修復中。工事がいつ終わるのかは未定。午後のフリータイムにはまたドゥオモに来ることにする。

十二時、ホテル近くコモ通りのレストランでお昼。トマトソースのかかった大きなペンネ(ゴムホース輪切りにしたぐらい)とミラノ風カツレツ(平べったく揚げた大きな子牛のトンカツをレモンかけて食べる)とサラダ。サラダに入っているホウレンソウみたいなゴマの匂いする野菜まじで苦い。デザートはホームメイドのパンナコッタ。食後にカプチーノ。おいしかったけど胸焼けしてきもちわるい。
午後1時すぎに解散して好きなところへ行く。予約した人はダビンチの最後の晩餐を見に行った。ホテルから歩いてドゥオモへ行くのは遠すぎるのでタクシー利用。イタリアは流しのタクシーがないと言うことでフロントで1ユーロチップ払ってタクシーを呼んでもらう。このチップの制度がいまいちよく分からない。
ドゥオモはホテルからタクシーで10分ぐらい。結構車をとばす。道も路駐でふさがっているところを無理やり行く。路面電車のおしりにくっついて線路の上を走ってもいた。料金はホテルからドゥオモの近くまでで6.5ユーロ。
ドゥオモへ行く途中のヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアに入ってるお店も見てみるがすごく入りづらい。ドアマンに立派な体格の黒人が立っている。道行く人はイタリア人のほか、アメリカ人、日本人、中国人がいるのが外見や話し言葉で見当がついた。イタリア人、もっと背が高いのかと思ったら私たちとあんまり変わらない。女の人やおばあさんには自分と変わらない身長ぐらいの小柄な人がいた。中には店に立ってるマネキンそのままのスタイルの人もいる。とびぬけて太っている人はあまり見かけなかった。
アーケードの中にあったデパートのおもちゃ売り場でいたくま。
おもちゃ売り場のペンギン。来る人みな手にとって見るが誰も買わない。なぜだ。

デパート内のすし屋の看板。バイオハザードみたい。

文具店で。こいつらめちゃかわええ。

ここら辺でうろうろしているきれいな紐を持った黒人は、観光客の手に紐を巻きつけてきてお金を強要するというから避けた。ある観光客っぽい外人がひっかかってからまれていた。

ドゥオモには最上階まで昇れるエレベーターがついている。料金は一人6ユーロ。エレベーターを昇るときも入り口でガードマンから持ち物チェックを受ける。ドゥオモの上からは、ドゥオモより大きなビルを建ててはいけないことになっているのか視界をさえぎることなくミラノの街がよく見渡せた。地上から見上げたときよく見えなかった彫刻群もよく見える。建物はすべて大理石。柱や手すりにびっしりと植物や人物の彫刻が施されていた。塔の先頭部分にはそれぞれキリスト教に関係ある風の人物彫刻が施されていた。聖堂の一番高いところには聖母マリアの像がある。

降りてから再びドゥオモの中に入る。ステンドグラスをじっくり見る。聖書の物語、本当におおざっぱにしか知らないので何の場面か誰が誰かはよく分からない。けど黒く縁取られた色とりどりの色彩の美しさには息をのんだ。ステンドグラスは昔文字の読めない人たちが分かりやすいようにその物語を絵で表現しているそうだ。聖堂の中は薄暗いのでステンドグラスがいっそう美しく見えた。

教会の中はとにかく広い空間。先頭アーチと肋骨状穹窿、柱を何本も束ねたような大きな柱によって広い空間を得、壁でなく柱やアーチで建物を支えられるようになったため、窓を大きく採れるようになったことからステンドグラスが発達した。と学生時代、西洋美術史の時間にゴシック建築の特徴を教わった。あのI先生の熱弁を思い出した。
教会の椅子にははお祈りしてる人や疲れたからボーっと座ってる観光客がちらほらいた。

ステンドグラスの近くに皮をはがれて殺されたキリスト教の聖人バルトロメオの像があった。肩にかけている持物が布ではなく自分の皮。皮の先っぽには足の指や手の指がついている。後ろに回ると頭蓋骨の抜けた顔の皮がぶら下がっている。リアル。こういうリアルさは日本ではあまり見かけない。

教会の片隅ではキリスト像や聖母マリア像の前にろうそくがたくさん献灯されていた。
ドゥオモ出てしばらくあたりをウロウロしてからホテルにまたタクシーで帰る。ホテル前のスーパーでジュースとポテチ買う。
午後7時、コモ通りのピザ屋さんで晩御飯トマトソースのパスタとピザとサラダ。胸焼けする。お茶漬け食べたい。
ホテルの部屋戻って日記書いて10時過ぎに寝る。

地元のガイドさん(イタリア人と日本人)の方と一緒にまずスフォルツァ城へ。15世紀中ごろに建てられた城。15世紀中ごろって言うと日本は室町時代の中ごろか。四角い城壁、すべてレンガ造り。ジプシーの女の子がいて、もし取り囲まれたら必ず逃げろとガイドからのアドバイス。でも今日はパトカーがいたのでジプシーはいなかった。

城は芝生で覆われたきれいな公園でプラタナスが植えられている。秋なのでプラタナスは黄色く色付きかけ。城内チャリの乗り入れ禁止なのにイタリア人、通勤で平気で乗り入れている。城門には蛇と鷲の紋章。レンガも古びた色合い。
城の内部にある博物館を見学。墓石に刻まれた彫刻や柱の彫刻などの展示。

城をそのまま博物館にしているので天井壁画もそのまま見られる。ダビンチの描いた樹をモチーフにした部屋、太陽がたくさん描かれた赤い部屋など。お祈りをするためのプライベートルームに描かれた天井がは色あせかけていたけれど青い色が美しかった。ミケランジェロの最晩年の作品、ロンダニー二のピエタを見る。
公園の前で警察に捕まっている人がいた。警官はマシンガンみたいなのを持っていた。

公園の中で馬に乗っている警官がいた。

お城見学した後はバスでトイレ休憩のため免税店へ。日本人の店員さんで中は日本人のツアー客がいっぱい。ベネツィアグラスペアセットお買い上げで日本まで無料配達しますとのこと。値段は340ユーロ。今、日本円で1ユーロ165円だから円に直すと5万5千円。電卓を持ってきたので商品をユーロから日本円に直すとすべていい値段していた。
午前10時40分免税店出発。ミラノの中心部ドゥオモへ向かう。
ミラノの街は路上駐車がすごく多い。車が発明されるずっと前からの古い街なので、都市計画をする時に駐車場を作るという考えはもちろんなかったと添乗員さん。みんな駐車場がないので路上駐車する。道脇が縦列駐車の車でびっしり。二重駐車もよく見かけた。車を出すときは前後の車にコツコツぶつけながら出るという。バンパーが多少へこむのは気にしないらしい。オカマほってる状態で駐車している車もいた。二重駐車も多いのでよく渋滞する。
これバイク置き場。

車の種類はイタリアなのでフィアットやアルファロメオをよく見かけた。パトカーもフィアットかアルファロメオ。時々トヨタやマツダ、スズキの車も見かける。あとはベンツとかBMWとかフォルクスワーゲンとかルノーとかミニとかプジョーとか。他にもオリンピックの輪っかがひとつ足りなくて四輪ピックになってるロゴの車や、矢印が二つ重なったロゴ、雷模様をよこにしたようなロゴ、やや斜め縦線が5本ぐらいのロゴをつけた車もよく走ってた。ヒュンダイも旅行中一台だけ発見した。(日本に帰ってから調べたら四輪ピックのはアウディ、矢印みたいなのはシトロエン、雷横にしたやつはオペルだった。アウディは時々日本でも見かけるような。斜め縦線のは分からなかった。)

イタリアに来たのにフェラーリを一台も見かけない。街中だとあてられてへこむし、路上に止めるとまたあてられるので、高級車はちゃんと車庫を持っている人が休日郊外にドライブするとき乗るので街中では走っていないと添乗員さんが教えてくれた。
道で色つきの線が引っ張ってあるスペースが駐車場とのこと。バスの車窓から見るミラノの街は建物が古い。築数百年はざらにあるらしい。しっかりと建てられて年代を経た建物はすごく価値があり平方メートルの単価も高くなるとのこと。在来工法が木造建築の日本だと火事があればなくなるけど、石でできた家はまだ火災には強いんだろうか。たくさんの古い家が残っていた。
11時ごろドゥオモ着。これドゥオモ前の広場。
棒立ちのおじさんの周りにハトが集まっている。

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアを観光。向かいはオペラ劇場のスカラ座。スカラ座の前の広場の真ん中にはダビンチの像がある。ハトがいっぱいたかっていた。ガレリアは1877年、日本で言う明治時代にイタリア王国統一の記念として造られたもの。アーケードの名前は初代国王の名前からとっている。たくさんのブティックや飲食店が並んでいる。アーケードの中心には4大陸を表す絵の描かれたアーチがある。上を見続けて首痛い。アーケードを抜けてドゥオモへ。

アーケードの通路はモザイクで装飾されていた。一日に一回だけ牛の股間に踵を乗せて一回転すると、その日にひとついいことが起こるらしい。おじさんが嬉しそうだ。
ドゥオモはゴシック様式の大聖堂。14世紀後半から500年かかって造られた教会とのこと。入り口でかばんの中身チェック、カメラのチェックを受けて中に入る。神聖な場所なので静かに拝観。世界最大の大きさを誇るステンドグラスに圧倒された。ドゥオモの外は現在修復中。工事がいつ終わるのかは未定。午後のフリータイムにはまたドゥオモに来ることにする。

十二時、ホテル近くコモ通りのレストランでお昼。トマトソースのかかった大きなペンネ(ゴムホース輪切りにしたぐらい)とミラノ風カツレツ(平べったく揚げた大きな子牛のトンカツをレモンかけて食べる)とサラダ。サラダに入っているホウレンソウみたいなゴマの匂いする野菜まじで苦い。デザートはホームメイドのパンナコッタ。食後にカプチーノ。おいしかったけど胸焼けしてきもちわるい。
午後1時すぎに解散して好きなところへ行く。予約した人はダビンチの最後の晩餐を見に行った。ホテルから歩いてドゥオモへ行くのは遠すぎるのでタクシー利用。イタリアは流しのタクシーがないと言うことでフロントで1ユーロチップ払ってタクシーを呼んでもらう。このチップの制度がいまいちよく分からない。
ドゥオモはホテルからタクシーで10分ぐらい。結構車をとばす。道も路駐でふさがっているところを無理やり行く。路面電車のおしりにくっついて線路の上を走ってもいた。料金はホテルからドゥオモの近くまでで6.5ユーロ。
ドゥオモへ行く途中のヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガレリアに入ってるお店も見てみるがすごく入りづらい。ドアマンに立派な体格の黒人が立っている。道行く人はイタリア人のほか、アメリカ人、日本人、中国人がいるのが外見や話し言葉で見当がついた。イタリア人、もっと背が高いのかと思ったら私たちとあんまり変わらない。女の人やおばあさんには自分と変わらない身長ぐらいの小柄な人がいた。中には店に立ってるマネキンそのままのスタイルの人もいる。とびぬけて太っている人はあまり見かけなかった。
アーケードの中にあったデパートのおもちゃ売り場でいたくま。

おもちゃ売り場のペンギン。来る人みな手にとって見るが誰も買わない。なぜだ。

デパート内のすし屋の看板。バイオハザードみたい。

文具店で。こいつらめちゃかわええ。

ここら辺でうろうろしているきれいな紐を持った黒人は、観光客の手に紐を巻きつけてきてお金を強要するというから避けた。ある観光客っぽい外人がひっかかってからまれていた。

ドゥオモには最上階まで昇れるエレベーターがついている。料金は一人6ユーロ。エレベーターを昇るときも入り口でガードマンから持ち物チェックを受ける。ドゥオモの上からは、ドゥオモより大きなビルを建ててはいけないことになっているのか視界をさえぎることなくミラノの街がよく見渡せた。地上から見上げたときよく見えなかった彫刻群もよく見える。建物はすべて大理石。柱や手すりにびっしりと植物や人物の彫刻が施されていた。塔の先頭部分にはそれぞれキリスト教に関係ある風の人物彫刻が施されていた。聖堂の一番高いところには聖母マリアの像がある。

降りてから再びドゥオモの中に入る。ステンドグラスをじっくり見る。聖書の物語、本当におおざっぱにしか知らないので何の場面か誰が誰かはよく分からない。けど黒く縁取られた色とりどりの色彩の美しさには息をのんだ。ステンドグラスは昔文字の読めない人たちが分かりやすいようにその物語を絵で表現しているそうだ。聖堂の中は薄暗いのでステンドグラスがいっそう美しく見えた。

教会の中はとにかく広い空間。先頭アーチと肋骨状穹窿、柱を何本も束ねたような大きな柱によって広い空間を得、壁でなく柱やアーチで建物を支えられるようになったため、窓を大きく採れるようになったことからステンドグラスが発達した。と学生時代、西洋美術史の時間にゴシック建築の特徴を教わった。あのI先生の熱弁を思い出した。
教会の椅子にははお祈りしてる人や疲れたからボーっと座ってる観光客がちらほらいた。

ステンドグラスの近くに皮をはがれて殺されたキリスト教の聖人バルトロメオの像があった。肩にかけている持物が布ではなく自分の皮。皮の先っぽには足の指や手の指がついている。後ろに回ると頭蓋骨の抜けた顔の皮がぶら下がっている。リアル。こういうリアルさは日本ではあまり見かけない。

教会の片隅ではキリスト像や聖母マリア像の前にろうそくがたくさん献灯されていた。
ドゥオモ出てしばらくあたりをウロウロしてからホテルにまたタクシーで帰る。ホテル前のスーパーでジュースとポテチ買う。
午後7時、コモ通りのピザ屋さんで晩御飯トマトソースのパスタとピザとサラダ。胸焼けする。お茶漬け食べたい。
ホテルの部屋戻って日記書いて10時過ぎに寝る。
イタリア旅行1日目 関空〜ミラノ
朝8時10分に関空到着。添乗員さんに会う。今日のツアーは全員で13名。うち新婚旅行客は私たち合わせて2組。あとは年配の夫婦や会社の休暇で女性一人で参加とか。
旅行カバンをカウンターに預けて紀陽銀行で円をユーロに両替。レートは1ユーロ165円。二人合わせて18万両替して1,060ユーロ。ユーロ高い。
10時10分飛行機へ(ルフトハンザ航空)
10時40分出発。席がエコノミー中央四列がけの真ん中だった。個人のお客さんがネットで一足先に通路側の席を予約していたかららしい。隣が大きな外国人男性だったので体の幅がある分ちょっと狭い。これから12時間のフライト。ヒマ。
午後3時過ぎにフランクフルト到着。午後4時過ぎにフランクフルトからミラノへ。
午後5時半ミラノ着。バスでホテルへ。日本とイタリアは時差が7時間ぐらい。日本は今深夜だろうか。
ホテルについてからノドがたまらなく乾いたので飲み物を買いに近くのコモ通りへ。駅の近くは危ないから行くなといわれた。店はあるけど買い方がわからないし入りづらい。結局何も買えないままホテルに戻った。日記書いて疲れたから早く寝る。
旅行カバンをカウンターに預けて紀陽銀行で円をユーロに両替。レートは1ユーロ165円。二人合わせて18万両替して1,060ユーロ。ユーロ高い。
10時10分飛行機へ(ルフトハンザ航空)
10時40分出発。席がエコノミー中央四列がけの真ん中だった。個人のお客さんがネットで一足先に通路側の席を予約していたかららしい。隣が大きな外国人男性だったので体の幅がある分ちょっと狭い。これから12時間のフライト。ヒマ。
午後3時過ぎにフランクフルト到着。午後4時過ぎにフランクフルトからミラノへ。
午後5時半ミラノ着。バスでホテルへ。日本とイタリアは時差が7時間ぐらい。日本は今深夜だろうか。
ホテルについてからノドがたまらなく乾いたので飲み物を買いに近くのコモ通りへ。駅の近くは危ないから行くなといわれた。店はあるけど買い方がわからないし入りづらい。結局何も買えないままホテルに戻った。日記書いて疲れたから早く寝る。
旅行の準備
挙式後、一週間後に新婚旅行なのでトランクに荷物をぼちぼち詰めだした。行き先はイタリア。新婚旅行ぐらいしか長期の休暇をクマが取れないこともあり、行くなら遠い所でという事で彫刻や絵画、教会、遺跡の多く残るイタリアを選んだ。
今回は阪神航空社を利用しての11日間のツアー。今までの旅行は2人で行きたいところに好き勝手行っていたけれど、異国の地では地理や習慣が良く分からない上、何より言葉が全く分からない。だから無難なツアーを選んだ。11日間といっても初日と最終2日間は飛行機での移動になるのでイタリアを見て回れるのは実質9日間。ミラノ2泊、ベネツィア2泊、フィレンツェ2泊、ローマ3泊の予定。スケジュールを確認すると、連泊二日目は基本的に終日フリータイムなので有名どころはちょっとは自由に見て回れそう。
出発前に旅行で必要な変圧器、防犯用の腹巻、簡易スリッパなんかを購入した。靴ももう一足トランクに入れた。
出発の前日の夜、カメラの故障に気づく。慌てて買いに走った。イタリアで故障に気付いたら手遅れだからあぶなかった。
今回は阪神航空社を利用しての11日間のツアー。今までの旅行は2人で行きたいところに好き勝手行っていたけれど、異国の地では地理や習慣が良く分からない上、何より言葉が全く分からない。だから無難なツアーを選んだ。11日間といっても初日と最終2日間は飛行機での移動になるのでイタリアを見て回れるのは実質9日間。ミラノ2泊、ベネツィア2泊、フィレンツェ2泊、ローマ3泊の予定。スケジュールを確認すると、連泊二日目は基本的に終日フリータイムなので有名どころはちょっとは自由に見て回れそう。
出発前に旅行で必要な変圧器、防犯用の腹巻、簡易スリッパなんかを購入した。靴ももう一足トランクに入れた。
出発の前日の夜、カメラの故障に気づく。慌てて買いに走った。イタリアで故障に気付いたら手遅れだからあぶなかった。





