兵庫県 佐用町平福・たつ市室津の町並み2
2時過ぎぐらいに平福を出、次に向ったのはたつの市の室津漁港。国道250号線を行ったところにある、播磨灘に面しためちゃちっさい半島の入江にある漁港です。平福を出てからすぐにまた寝てしまい、室津について起こされた。
なんか立ちションしてるみたいやな。コレ。
室津は、参勤交代で瀬戸内航路を利用していた西国の大名が上陸するのに使われたため大変重要な港だったそうです。本陣も6件も置かれていたらしい。三方を山に囲まれた天然の良港とも言われ、廻船問屋による大阪・江戸への商品流通も盛んだったとの事。
車を港の近くに置いて、そっから歩いて町並みを散策しました。漁港は漁で使った網や浮き、魚を入れる木箱が無造作に置かれていました。保冷に使う氷の倉庫があったりシャツ姿に鉢巻のおっちゃんがいたり、かすかに海草の腐るにおいがしたり雰囲気は加太と似ておる。

古い町並みは漁港から少し歩いた所にありました。民家は改修や保存がされていて、道もアスファルトではなく石畳風のものでした。
町を歩いていて不思議に思ったのが、もう3月はとっくに過ぎているのにどの家もきれいに雛人形を飾っていた事。道脇の道標にもお雛さんを描いた石ころを飾ったり、電柱にもお雛さんの桃の花の造花を結わえたり、家々で飾り付けに趣向を凝らしてとても雅で華やかな感じがしました。

室津民俗館でもらったパンフによると、8月に雛祭を行うようになった由来が書かれていました。
「永禄9年(1566年)1月11日、室山城主 浦上政宗の弟宗景の結婚式の夜に、対立関係にあった龍野城主赤松政秀の急襲にあい、花嫁は奮闘むなしく討死。政宗は自害した。室津の人々はこの悲劇を悲しみ、非業の死を遂げた花嫁の鎮魂のために3月3日ではなく、半年遅れの八朔に雛祭を延長したといわれる」
花嫁はまだ16歳で、長刀をもって戦ったというからすさまじい。
室津では八朔の雛祭と呼んでおり、町では8月18日から31日までの間、家々で雛人形を飾り様々な催し物をするそうです。
パンフレットをもらった民俗館は室津の豪商である海産物問屋を改築したもので、室津の代表的な大型町屋とのこと。脇本陣としてもかつて利用されたそうです。室津では珍しい虫籠窓があります。一階の隠し階段から二階に上がると、開けっ放しの窓から海からのいい風が入ってきました。誰もいないので横になってるうちにまた寝てしまいました。もちろんこの民俗館も雛人形が飾ってありました。
民俗館出て、野良猫をかまったり家々の雛人形を見たりしていると、長い長い石造りの階段が上に続いているのを見つけました。
登ったら丘の上は見晴らしいいかなーと思って階段登ったら、大きな美しい神社に着いた。(階段の途中、受付風の小さな建物にも雛人形がきれいに飾ってあった)神社の名前は賀茂神社。三間社流造、桧皮葺の凄まじく立派な神社で国の重要文化財に指定されていました。
京都の賀茂神社と関係があるのかな。祭神は京都の上加茂神社と同じ加茂別雷神(かもわけいかずちのおおかみ)でした。拝殿には美しい雛人形が2対飾られていました。絵馬堂はお祭りの写真がたくさん飾られていた。涼しいので絵馬堂で一休み。
帰りは海よりの参道を降りて行きました。ちょっと降りた所に小さな社がありました。社の前に広がる播磨灘の風景がとても気持ちよかった。海は凪いでいて、午後の日差しで波がキラキラ光っていました。船が数隻浮かんでいていました。ずっと向こうに見える島は小豆島かねぇ。

あとで調べたら、この小さな社は海の神である住吉大神を祭っており、名前は楫取(かじとり)社というそうです。
かつて長崎から江戸へ向うシーボルトが海路で室津に上陸し、同じようにこの社から播磨灘を見たそうです。「日本で見た最も美しい景色」と絶賛したともありました。多分シーボルトが見たときと、今の風景もきっと変わってないような気がする。神社がこんなに高いところにあるのも、船に乗ってる人に見やすいように、拝みやすいようになんだろうなぁ。
参道を降りた先は漁港でした。豆腐みたいな形の巨石が2つ置いてありました。豊臣秀吉が大阪城の石垣を造ってる時に、九州の大名が運んでる途中海中に落っことし、その後昭和に入って引きあげられたものと立て札に書いてありました。残念石と呼ばれているそうです。

車に戻る途中には小さなドッグがあったり、船の下に犬小屋があったりで面白かった。帰りにお店で買って飲んだラムネが美味しかった。
日も沈みかけてる事だし、クマの言う明石焼きは食べずに帰りました。

なんか立ちションしてるみたいやな。コレ。

室津は、参勤交代で瀬戸内航路を利用していた西国の大名が上陸するのに使われたため大変重要な港だったそうです。本陣も6件も置かれていたらしい。三方を山に囲まれた天然の良港とも言われ、廻船問屋による大阪・江戸への商品流通も盛んだったとの事。
車を港の近くに置いて、そっから歩いて町並みを散策しました。漁港は漁で使った網や浮き、魚を入れる木箱が無造作に置かれていました。保冷に使う氷の倉庫があったりシャツ姿に鉢巻のおっちゃんがいたり、かすかに海草の腐るにおいがしたり雰囲気は加太と似ておる。

古い町並みは漁港から少し歩いた所にありました。民家は改修や保存がされていて、道もアスファルトではなく石畳風のものでした。

町を歩いていて不思議に思ったのが、もう3月はとっくに過ぎているのにどの家もきれいに雛人形を飾っていた事。道脇の道標にもお雛さんを描いた石ころを飾ったり、電柱にもお雛さんの桃の花の造花を結わえたり、家々で飾り付けに趣向を凝らしてとても雅で華やかな感じがしました。

室津民俗館でもらったパンフによると、8月に雛祭を行うようになった由来が書かれていました。
「永禄9年(1566年)1月11日、室山城主 浦上政宗の弟宗景の結婚式の夜に、対立関係にあった龍野城主赤松政秀の急襲にあい、花嫁は奮闘むなしく討死。政宗は自害した。室津の人々はこの悲劇を悲しみ、非業の死を遂げた花嫁の鎮魂のために3月3日ではなく、半年遅れの八朔に雛祭を延長したといわれる」
花嫁はまだ16歳で、長刀をもって戦ったというからすさまじい。
室津では八朔の雛祭と呼んでおり、町では8月18日から31日までの間、家々で雛人形を飾り様々な催し物をするそうです。
パンフレットをもらった民俗館は室津の豪商である海産物問屋を改築したもので、室津の代表的な大型町屋とのこと。脇本陣としてもかつて利用されたそうです。室津では珍しい虫籠窓があります。一階の隠し階段から二階に上がると、開けっ放しの窓から海からのいい風が入ってきました。誰もいないので横になってるうちにまた寝てしまいました。もちろんこの民俗館も雛人形が飾ってありました。

民俗館出て、野良猫をかまったり家々の雛人形を見たりしていると、長い長い石造りの階段が上に続いているのを見つけました。

登ったら丘の上は見晴らしいいかなーと思って階段登ったら、大きな美しい神社に着いた。(階段の途中、受付風の小さな建物にも雛人形がきれいに飾ってあった)神社の名前は賀茂神社。三間社流造、桧皮葺の凄まじく立派な神社で国の重要文化財に指定されていました。

京都の賀茂神社と関係があるのかな。祭神は京都の上加茂神社と同じ加茂別雷神(かもわけいかずちのおおかみ)でした。拝殿には美しい雛人形が2対飾られていました。絵馬堂はお祭りの写真がたくさん飾られていた。涼しいので絵馬堂で一休み。
帰りは海よりの参道を降りて行きました。ちょっと降りた所に小さな社がありました。社の前に広がる播磨灘の風景がとても気持ちよかった。海は凪いでいて、午後の日差しで波がキラキラ光っていました。船が数隻浮かんでいていました。ずっと向こうに見える島は小豆島かねぇ。

あとで調べたら、この小さな社は海の神である住吉大神を祭っており、名前は楫取(かじとり)社というそうです。
かつて長崎から江戸へ向うシーボルトが海路で室津に上陸し、同じようにこの社から播磨灘を見たそうです。「日本で見た最も美しい景色」と絶賛したともありました。多分シーボルトが見たときと、今の風景もきっと変わってないような気がする。神社がこんなに高いところにあるのも、船に乗ってる人に見やすいように、拝みやすいようになんだろうなぁ。
参道を降りた先は漁港でした。豆腐みたいな形の巨石が2つ置いてありました。豊臣秀吉が大阪城の石垣を造ってる時に、九州の大名が運んでる途中海中に落っことし、その後昭和に入って引きあげられたものと立て札に書いてありました。残念石と呼ばれているそうです。

車に戻る途中には小さなドッグがあったり、船の下に犬小屋があったりで面白かった。帰りにお店で買って飲んだラムネが美味しかった。

日も沈みかけてる事だし、クマの言う明石焼きは食べずに帰りました。

兵庫県 佐用町平福・たつの市室津の町並み1
クマが「明石焼きが食べたい」とばかり言うので友達が兵庫県に連れていってくれました。友達は兵庫出身なので、ついでに古い町並みが残っている所があるので連れて行ってくれるそうです。
行き先は佐用町平福とたつの市の室津漁港。兵庫県の西側、岡山県よりに位置する町です。(ちなみに平福は宮本武蔵最初の決闘の地とのことでこんな看板を町で見かけた。子供が笑いながら凶器をもっている。あぶないやろ。)

先に佐用町平福を訪れるので、車で中国自動車道をとばして行きます。今まで兵庫県で多く行った事があるのはのは神戸ぐらいしでした。(他は姫路と丹波篠山しか行った事がない)なので兵庫はおしゃれできれいな新しい町ばっかりというイメージがなぜか強くあります。
でも中国自動車道をしばらく走っていくと、風景が田んぼと山、ポツポツ民家といったのどかなものにどんどん変わっていきました。今まで兵庫県は神戸の街並みのイメージがとても強かったので、こんな田んぼばっかりの風景もあるのかと思ってびっくりした。車の通行料もとても少なくて、みんな結構な速さでとばして行きます。案外田んぼだけの単調な風景だったので気が付いたら眠ってしまい、佐用町についたころ目が覚めた。
中国自動車道をおりて、国道373号線を北に向ってしばらく走ると平福に着きます。平福は因幡街道の宿場町としてかつて賑わったところだそう。平福の古い町並みの近くには最近できたっぽい道の駅があったので、そこに車をおきました。道の駅前にある時計下の温度計を見ると気温は37度。暑い、暑い。今年は残暑がやたらときびしい。
道の駅から道路を隔てててまっすぐ進んでいくと古い町並みに着くそうです。でも、今日は気温が体温より高いわ、日差しがキツイわ、道路の照り返しで足元からも暑いわで、歩きながら今日こそ泳ぎに行かなかったことを後悔しました。
ダラダラ流れてる汗を手ぬぐいで拭きながら、やけくそぎみに歩いていくと川が流れているのが見えました。水を求める頭の皿が乾いたカッパのように土手を降りて川辺に近寄って行きました。水は少し淀んでてぬるそうだったけど、ゆったりとした流れを覗き込んだらドンコやハヤやなんか知らん魚がいっぱいいいた。
道は照り返しがひどい。川辺は川からの風で暑さがいくらかましなので川辺をつたって川下の方に歩いていくと、川の緩やかなカーブに沿って並ぶ蔵と民家が見えてきました。
規模としてはそれほど広くはなかったけど、川辺から見た平福の古い町並みは本当に良く残っていて素晴らしかった。
石垣の上に建つ蔵は漆喰のがあったり、土壁のがあったり素朴で優しい色合いでした。建物も豆腐に窓を三つか二つほどつけたみたいなシンプルなものですが、とぼけた感じで親しみがわきます。顔みたいにも見える。川辺から見た蔵には腰板がはられていないものが結構ありました。黒い腰板がある蔵は形が引き締まった感じがするけど、こちらは石垣の上にちょこんと蔵が乗っかっている感じ。このとぼけた感がたまりません。灰色の石垣のリズム感と刷毛でさっと塗ったみたいな蔵の黄土色の取り合わせがなんかいいな。
橋のたもとに建つ家には石垣からノウゼンカズラが生えて、2階のひさしに濃い緑の葉をつけた蔦を這わせていました。ラッパみたいなノウゼンカズラの朱色の花が、濃い緑の葉の中で際立って見えました。ノウゼンカズラ、だらしなく伸びていくのであまり好きじゃないけどこういう古い民家のある風景には良く合うなぁと思った。ナツメの樹が植えられている家もあって、実がいっぱいなっていました。まだ緑色だったけど一個失敬してかじってみた。ぱさぱさしてまだ青臭かった。
川沿いから街道に引き返して町並みも見ました。虫籠窓や格子の家がずっと続いててこちらも良かった。でもやっぱり川辺から見る町並みのほうが開放感があって好き。
川には欄干が木で出来たいい感じの橋が架かってたので渡ってみました。対岸から見ると空や蔵や民家が川にうつりこんで見えました。まだ行った事のない中国とか外国の風を想像しました。本で平福の町並みを紹介する写真を見たけどみんなここから撮ってんだろうな。

町並みを一通り見て、車に引き返す前に平福駅(智頭急行智頭線)によりました。町から駅までは田んぼのの中の小道を歩いていきます。日をさえぎるものがなくて暑くてたまらなかった。
平福駅は無人駅ですが瓦葺で一見すると立派な民家のようでした。旅籠をイメージしてデザインされたそうで、休憩所には平福の町並みを紹介する写真が飾られていました。とにかく暑くてたまらなかったのでお手洗いで顔を洗いました。首を冷やすとちょっとスッとした。
ホームに入ると向いのホームではおっちゃんとおばちゃん3人が電車を待っていました。線路を挟んで少し話しました。地元の人かなぁ。出身地を聞かれたのでクマが和歌山と答えたら、おっちゃん達は思いっきり「和歌山(わかやま)」と「岡山(おかやま)」を聞き間違えていました。まぎらわしいよな。わかやまとおかやま。
話をしていたらちょうど警報機がなってのぼりの特急電車が走っていきました。電車と言っても電線がないのでディーゼルで走るものです。のどかな田舎なので電車ものんびり走るのかなーと思ってたらすごい速さであっという間にトンネルをくぐって見えなくなってしまいました。電車の走りさったトンネルの前には陽炎がゆれていました。

行き先は佐用町平福とたつの市の室津漁港。兵庫県の西側、岡山県よりに位置する町です。(ちなみに平福は宮本武蔵最初の決闘の地とのことでこんな看板を町で見かけた。子供が笑いながら凶器をもっている。あぶないやろ。)

先に佐用町平福を訪れるので、車で中国自動車道をとばして行きます。今まで兵庫県で多く行った事があるのはのは神戸ぐらいしでした。(他は姫路と丹波篠山しか行った事がない)なので兵庫はおしゃれできれいな新しい町ばっかりというイメージがなぜか強くあります。
でも中国自動車道をしばらく走っていくと、風景が田んぼと山、ポツポツ民家といったのどかなものにどんどん変わっていきました。今まで兵庫県は神戸の街並みのイメージがとても強かったので、こんな田んぼばっかりの風景もあるのかと思ってびっくりした。車の通行料もとても少なくて、みんな結構な速さでとばして行きます。案外田んぼだけの単調な風景だったので気が付いたら眠ってしまい、佐用町についたころ目が覚めた。
中国自動車道をおりて、国道373号線を北に向ってしばらく走ると平福に着きます。平福は因幡街道の宿場町としてかつて賑わったところだそう。平福の古い町並みの近くには最近できたっぽい道の駅があったので、そこに車をおきました。道の駅前にある時計下の温度計を見ると気温は37度。暑い、暑い。今年は残暑がやたらときびしい。
道の駅から道路を隔てててまっすぐ進んでいくと古い町並みに着くそうです。でも、今日は気温が体温より高いわ、日差しがキツイわ、道路の照り返しで足元からも暑いわで、歩きながら今日こそ泳ぎに行かなかったことを後悔しました。
ダラダラ流れてる汗を手ぬぐいで拭きながら、やけくそぎみに歩いていくと川が流れているのが見えました。水を求める頭の皿が乾いたカッパのように土手を降りて川辺に近寄って行きました。水は少し淀んでてぬるそうだったけど、ゆったりとした流れを覗き込んだらドンコやハヤやなんか知らん魚がいっぱいいいた。
道は照り返しがひどい。川辺は川からの風で暑さがいくらかましなので川辺をつたって川下の方に歩いていくと、川の緩やかなカーブに沿って並ぶ蔵と民家が見えてきました。

規模としてはそれほど広くはなかったけど、川辺から見た平福の古い町並みは本当に良く残っていて素晴らしかった。
石垣の上に建つ蔵は漆喰のがあったり、土壁のがあったり素朴で優しい色合いでした。建物も豆腐に窓を三つか二つほどつけたみたいなシンプルなものですが、とぼけた感じで親しみがわきます。顔みたいにも見える。川辺から見た蔵には腰板がはられていないものが結構ありました。黒い腰板がある蔵は形が引き締まった感じがするけど、こちらは石垣の上にちょこんと蔵が乗っかっている感じ。このとぼけた感がたまりません。灰色の石垣のリズム感と刷毛でさっと塗ったみたいな蔵の黄土色の取り合わせがなんかいいな。

橋のたもとに建つ家には石垣からノウゼンカズラが生えて、2階のひさしに濃い緑の葉をつけた蔦を這わせていました。ラッパみたいなノウゼンカズラの朱色の花が、濃い緑の葉の中で際立って見えました。ノウゼンカズラ、だらしなく伸びていくのであまり好きじゃないけどこういう古い民家のある風景には良く合うなぁと思った。ナツメの樹が植えられている家もあって、実がいっぱいなっていました。まだ緑色だったけど一個失敬してかじってみた。ぱさぱさしてまだ青臭かった。

川沿いから街道に引き返して町並みも見ました。虫籠窓や格子の家がずっと続いててこちらも良かった。でもやっぱり川辺から見る町並みのほうが開放感があって好き。
川には欄干が木で出来たいい感じの橋が架かってたので渡ってみました。対岸から見ると空や蔵や民家が川にうつりこんで見えました。まだ行った事のない中国とか外国の風を想像しました。本で平福の町並みを紹介する写真を見たけどみんなここから撮ってんだろうな。

町並みを一通り見て、車に引き返す前に平福駅(智頭急行智頭線)によりました。町から駅までは田んぼのの中の小道を歩いていきます。日をさえぎるものがなくて暑くてたまらなかった。

平福駅は無人駅ですが瓦葺で一見すると立派な民家のようでした。旅籠をイメージしてデザインされたそうで、休憩所には平福の町並みを紹介する写真が飾られていました。とにかく暑くてたまらなかったのでお手洗いで顔を洗いました。首を冷やすとちょっとスッとした。

ホームに入ると向いのホームではおっちゃんとおばちゃん3人が電車を待っていました。線路を挟んで少し話しました。地元の人かなぁ。出身地を聞かれたのでクマが和歌山と答えたら、おっちゃん達は思いっきり「和歌山(わかやま)」と「岡山(おかやま)」を聞き間違えていました。まぎらわしいよな。わかやまとおかやま。
話をしていたらちょうど警報機がなってのぼりの特急電車が走っていきました。電車と言っても電線がないのでディーゼルで走るものです。のどかな田舎なので電車ものんびり走るのかなーと思ってたらすごい速さであっという間にトンネルをくぐって見えなくなってしまいました。電車の走りさったトンネルの前には陽炎がゆれていました。

臥龍桜日本画大賞展
入選した、第18回臥龍桜日本画大賞展の表彰式に行ってきました。
場所は岐阜県高山市一ノ宮にある、飛騨位山文化交流館。近くに臥龍桜という樹齢千年をこえる大きな桜の古木があります。
去年の9月に岐阜旅行した時、クマ牧場の他にも一宮の水無神社(左甚五郎が奉納した馬の木彫がある)と臥龍桜にも寄りました。のどかないい里だったのでまた来たいなぁと思ってたらまた来れた。
臥龍桜に縁があったんだな。
表彰式は2時からなので、受付を済ませて椅子にかけて待ってると、隣の女の人が話しかけてくれました。愛知県から来た方でうちの母と同じ歳ぐらいの方でした。子供の手がかからなくなってから絵を始められたそうです。美大に行っている息子の勧めもあって、最近、全国公募展に出品されているとのことでした。今どんな絵を描いてるかとか話してるうちに緊張もほぐれました。
表彰式や開催者挨拶・審査員の先生の講評も終わり、3時にテープカットが済むと展覧会の開催です。
それにしても会場で自分の絵を見るのはめちゃ恥ずかしい。なんか自分の絵の出来てないところやダメなところが良く分かります。今日は初日という事もあり、審査員の院展の伊藤嘉晃先生が来られていました。
こっそり後ろに立って入賞者の方の批評を聞いてました。自分の絵も見てもらいたかったけど、自分は入賞した訳じゃないしダメかなぁ。とモジモジしてたら、表彰式で隣の席だった女の人が「若いんだし、まだまだこれからだから聞けばいいじゃない!」と先生に声をかけてくれました。

先生からは「いたるところに見える、赤の色が生で浮いて見える。金箔をはってみてもいいし、粒子のある絵の具を垂らしこんでみてもイメージが膨らむかもしれない。鶏頭の描き込みの力の入れ具合も均一なので、もう少し何か緑青を入れたりした方が空間が出るのではないか。今のままではやはり弱く見える。
創作するという事は、自分の表現したいものを想い描いて作り出すことだから、思いが一番伝わるように工夫が必要。
夏の鶏頭の生命力を描きたかったんだったら、背景に対照的な工場地帯を描いてもいいし。写生をすぐ作品にするのではなく、一旦寝かせて自分の中で言いたいとや感じた事を常に気に留めておくと、ある日突然絵になることがありますよ。」との批評を頂きました。
公募展では、多くの作品から入賞・入選を定められた時間で決めないといけないため、ちょっとした事で入落の差がつくそうです。今回の展覧会で入賞者を決めるときの苦労話まで聞かせてもらえました。思った以上にお話を聞かせてくださってすごく嬉しかった。何より先生と話すきっかけを作ってくれたOさんには本当に感謝しています。
入賞・入選された方の作品を見て、自分は単に今回くじにたまたま当たったようなもので運が良かったんだと思いました。でも、勉強になったし、いい出会いもあったし高山に来た甲斐がありました。
今後の制作もがんばらねば。
後はせっかく岐阜に来たという事で、一泊して飛騨や古川の町並みを歩いたり、白川郷に寄ったりしました。もちろん臥龍桜にも会いに行きました。
夜に地元の花火大会があったので、泊まった民宿の奥さんと一緒に見に行きました。見に来た人も近所のおばぁちゃんと子供たちだけです。橋から花火を見ましたが、川から吹き上げる風がとても涼しい。
臥龍桜の里の夜はとても静かで虫の声が良く聞こえます。広い大きな夜空に打ち上げ花火が上がって、まさに井上陽水の「少年時代」の歌詞そのままでした。
場所は岐阜県高山市一ノ宮にある、飛騨位山文化交流館。近くに臥龍桜という樹齢千年をこえる大きな桜の古木があります。

去年の9月に岐阜旅行した時、クマ牧場の他にも一宮の水無神社(左甚五郎が奉納した馬の木彫がある)と臥龍桜にも寄りました。のどかないい里だったのでまた来たいなぁと思ってたらまた来れた。
臥龍桜に縁があったんだな。
表彰式は2時からなので、受付を済ませて椅子にかけて待ってると、隣の女の人が話しかけてくれました。愛知県から来た方でうちの母と同じ歳ぐらいの方でした。子供の手がかからなくなってから絵を始められたそうです。美大に行っている息子の勧めもあって、最近、全国公募展に出品されているとのことでした。今どんな絵を描いてるかとか話してるうちに緊張もほぐれました。
表彰式や開催者挨拶・審査員の先生の講評も終わり、3時にテープカットが済むと展覧会の開催です。
それにしても会場で自分の絵を見るのはめちゃ恥ずかしい。なんか自分の絵の出来てないところやダメなところが良く分かります。今日は初日という事もあり、審査員の院展の伊藤嘉晃先生が来られていました。
こっそり後ろに立って入賞者の方の批評を聞いてました。自分の絵も見てもらいたかったけど、自分は入賞した訳じゃないしダメかなぁ。とモジモジしてたら、表彰式で隣の席だった女の人が「若いんだし、まだまだこれからだから聞けばいいじゃない!」と先生に声をかけてくれました。

先生からは「いたるところに見える、赤の色が生で浮いて見える。金箔をはってみてもいいし、粒子のある絵の具を垂らしこんでみてもイメージが膨らむかもしれない。鶏頭の描き込みの力の入れ具合も均一なので、もう少し何か緑青を入れたりした方が空間が出るのではないか。今のままではやはり弱く見える。
創作するという事は、自分の表現したいものを想い描いて作り出すことだから、思いが一番伝わるように工夫が必要。
夏の鶏頭の生命力を描きたかったんだったら、背景に対照的な工場地帯を描いてもいいし。写生をすぐ作品にするのではなく、一旦寝かせて自分の中で言いたいとや感じた事を常に気に留めておくと、ある日突然絵になることがありますよ。」との批評を頂きました。
公募展では、多くの作品から入賞・入選を定められた時間で決めないといけないため、ちょっとした事で入落の差がつくそうです。今回の展覧会で入賞者を決めるときの苦労話まで聞かせてもらえました。思った以上にお話を聞かせてくださってすごく嬉しかった。何より先生と話すきっかけを作ってくれたOさんには本当に感謝しています。
入賞・入選された方の作品を見て、自分は単に今回くじにたまたま当たったようなもので運が良かったんだと思いました。でも、勉強になったし、いい出会いもあったし高山に来た甲斐がありました。
今後の制作もがんばらねば。
後はせっかく岐阜に来たという事で、一泊して飛騨や古川の町並みを歩いたり、白川郷に寄ったりしました。もちろん臥龍桜にも会いに行きました。

夜に地元の花火大会があったので、泊まった民宿の奥さんと一緒に見に行きました。見に来た人も近所のおばぁちゃんと子供たちだけです。橋から花火を見ましたが、川から吹き上げる風がとても涼しい。
臥龍桜の里の夜はとても静かで虫の声が良く聞こえます。広い大きな夜空に打ち上げ花火が上がって、まさに井上陽水の「少年時代」の歌詞そのままでした。
おさかな天国
和歌山県 泳ぎに行った
泳げないけど泳ぎに行きました。行き先はほぼ毎年訪れている、清水町です。(最近2006年の合併で有田川町になってた)
いつも水遊びする場所は、近くに雰囲気の良い神社と大きな岩、近くに青い橋が架かっています。映画のロケ地で使えそうな場所です。人もあんまり来ないので結構穴場。
去年、ここの川で遊んでいる時、水中眼鏡をつけて水の中をのぞいてみると鮎がうじゃうじゃいました。ドンコもいっぱいいたので一日中水の中をのぞいたりドンコをすくって遊んでいました。泳げないので深いところは浮き輪を使って浮いています。
今年もドンコをすくって一日遊ぼうと意気込んでいましたが、水がなんだか冷たすぎて、すぐに川から上がってしまいました。天気予報では一日快晴と言ってました。けれど、着いた時はいい天気だったのに水に入ったとたん曇り空になってしまいました。
水着を持っていないので、水に浮いたり遊んだりする時は水遊び用の服を着ています。天気が悪くなってきたので、濡れた服や体が乾かず寒くなってきました。こういう時は海のぬるい潮に浸かればきっと回復するであろうという事で、びしょぬれのまま有田川の河口を目指して車を走らせました。空はどんどん曇って行って小雨がぱらつき出しました。
有田川河口付近に「女の浦海水浴場」という小さいながらもきれいな砂浜があったので寄ってみました。
小雨の降るどんよりした天気の中、砂浜には立派な刺青をしたタコ入道のようなおっさんと子供が二、三人遊んでいました。曇天を映した灰色の海水に足をつけると、ぬるいドロ混じりの海水が足を撫でました。砂浜に打ち上げられた、砂まみれの小さなヒラメを見つけました。
人気のない小雨の降る海水浴場はなにか物悲しい。足は少しぬるまったけど、今度は心が寂しく寒くなってきました。服も全く乾かないので鳥肌もたってきました。
とぼとぼ歩いて車に戻ると、「もう引き返して和歌の浦に行こうか」という話になりましたが、せっかくここまで来た事だし日高町まで足を伸ばす事にしました。日高町の「産湯海水浴場」は遠浅で海岸も美しく、初心者にはちょうど良い海水浴場らしいので、そこに行ってみることにしました。
産湯海水浴場についた頃は、もう夕方4時半をまわっていました。夕方なので海水浴客も浮き輪を持って、続々と砂浜から引き上げていました。帰る人とは逆に海の中に入っていきましたが、夕方だけあって潮はやっぱり冷たかった。水遊びの歓声の代わりに「おじいちゃん、寒いよう。」という子供の声が聞こえました。
産湯の水や砂はとても清らかで澄んでいました。遠浅なのでどこまで歩いて行っても海底に足が着きます。水中眼鏡で水底をのぞくと、うまそうなガッチョが泳いでいました。
大分歩いて行ってあたりを見回すと、沖にいるのは私たちだけでした。泳ぐわけでもなく、ただ海の中に体を縮みこませて立っているだけです。他のみんなは波打ち際で遊んでいるか帰る支度をしていました。心の寒さが極限に達したのでもう帰ることにしました。
お盆過ぎると泳ぎに行く事もなくなるだろうから、今回が今年最初で最後の海水浴であろう。
いつも水遊びする場所は、近くに雰囲気の良い神社と大きな岩、近くに青い橋が架かっています。映画のロケ地で使えそうな場所です。人もあんまり来ないので結構穴場。

去年、ここの川で遊んでいる時、水中眼鏡をつけて水の中をのぞいてみると鮎がうじゃうじゃいました。ドンコもいっぱいいたので一日中水の中をのぞいたりドンコをすくって遊んでいました。泳げないので深いところは浮き輪を使って浮いています。

今年もドンコをすくって一日遊ぼうと意気込んでいましたが、水がなんだか冷たすぎて、すぐに川から上がってしまいました。天気予報では一日快晴と言ってました。けれど、着いた時はいい天気だったのに水に入ったとたん曇り空になってしまいました。
水着を持っていないので、水に浮いたり遊んだりする時は水遊び用の服を着ています。天気が悪くなってきたので、濡れた服や体が乾かず寒くなってきました。こういう時は海のぬるい潮に浸かればきっと回復するであろうという事で、びしょぬれのまま有田川の河口を目指して車を走らせました。空はどんどん曇って行って小雨がぱらつき出しました。

有田川河口付近に「女の浦海水浴場」という小さいながらもきれいな砂浜があったので寄ってみました。
小雨の降るどんよりした天気の中、砂浜には立派な刺青をしたタコ入道のようなおっさんと子供が二、三人遊んでいました。曇天を映した灰色の海水に足をつけると、ぬるいドロ混じりの海水が足を撫でました。砂浜に打ち上げられた、砂まみれの小さなヒラメを見つけました。
人気のない小雨の降る海水浴場はなにか物悲しい。足は少しぬるまったけど、今度は心が寂しく寒くなってきました。服も全く乾かないので鳥肌もたってきました。
とぼとぼ歩いて車に戻ると、「もう引き返して和歌の浦に行こうか」という話になりましたが、せっかくここまで来た事だし日高町まで足を伸ばす事にしました。日高町の「産湯海水浴場」は遠浅で海岸も美しく、初心者にはちょうど良い海水浴場らしいので、そこに行ってみることにしました。
産湯海水浴場についた頃は、もう夕方4時半をまわっていました。夕方なので海水浴客も浮き輪を持って、続々と砂浜から引き上げていました。帰る人とは逆に海の中に入っていきましたが、夕方だけあって潮はやっぱり冷たかった。水遊びの歓声の代わりに「おじいちゃん、寒いよう。」という子供の声が聞こえました。
産湯の水や砂はとても清らかで澄んでいました。遠浅なのでどこまで歩いて行っても海底に足が着きます。水中眼鏡で水底をのぞくと、うまそうなガッチョが泳いでいました。
大分歩いて行ってあたりを見回すと、沖にいるのは私たちだけでした。泳ぐわけでもなく、ただ海の中に体を縮みこませて立っているだけです。他のみんなは波打ち際で遊んでいるか帰る支度をしていました。心の寒さが極限に達したのでもう帰ることにしました。
お盆過ぎると泳ぎに行く事もなくなるだろうから、今回が今年最初で最後の海水浴であろう。
和歌山県 日高町・産湯の町と榕樹
産湯海水浴場から帰る途中、産湯の町の民家の石垣に、大きなガジュマルの樹が茂っているのを見つけたので立ち寄りました。
樹の横には風化した説明書きの立て札がありました。説明によるとこの大きな木は榕樹(ようじゅ・別名アコウ)というそうで、ガジュマルに似てるけどちょっとちがうらしい。でも根っこが血管みたいにうねってる様子はガジュマルと一緒でした。ここの榕樹は樹齢が300年とのことです。ツヤッとした葉をつけた枝には豆粒大の実がたくさんなっていました。
榕樹は道路わきの石垣からしみ出るように生えていました。石垣の下を流れる川はすぐに海に注いでいます。汽水域だからかクサフグが何匹か連れ立って泳いでいました。水門の向こうには海が見えます。
榕樹のそばの屋根の低い民家の庭先には、ゴムの木やブーゲンビリアが植えられていました。石垣に生えたハマユウもやや終わりかけながら白い花をつけていました。榕樹の前には自転車が置いてあって、民家からは、おばあさんの賑やかな笑い声がもれてきます。ある家の樹は洞や根っこのくぼみに植木鉢が置かれてちょっとした花壇に利用されていました。
この通りは、なんだか樹と家が一つのもののように思えました。
水遊びは寒い思いをしたけど、帰り際に雰囲気の良い道による事が出来てよかった。ちなみに産湯は本州最北端の榕樹の自生地だそうです。


樹の横には風化した説明書きの立て札がありました。説明によるとこの大きな木は榕樹(ようじゅ・別名アコウ)というそうで、ガジュマルに似てるけどちょっとちがうらしい。でも根っこが血管みたいにうねってる様子はガジュマルと一緒でした。ここの榕樹は樹齢が300年とのことです。ツヤッとした葉をつけた枝には豆粒大の実がたくさんなっていました。

榕樹は道路わきの石垣からしみ出るように生えていました。石垣の下を流れる川はすぐに海に注いでいます。汽水域だからかクサフグが何匹か連れ立って泳いでいました。水門の向こうには海が見えます。
榕樹のそばの屋根の低い民家の庭先には、ゴムの木やブーゲンビリアが植えられていました。石垣に生えたハマユウもやや終わりかけながら白い花をつけていました。榕樹の前には自転車が置いてあって、民家からは、おばあさんの賑やかな笑い声がもれてきます。ある家の樹は洞や根っこのくぼみに植木鉢が置かれてちょっとした花壇に利用されていました。
この通りは、なんだか樹と家が一つのもののように思えました。

水遊びは寒い思いをしたけど、帰り際に雰囲気の良い道による事が出来てよかった。ちなみに産湯は本州最北端の榕樹の自生地だそうです。

弁柄
仕事帰りに絵の具屋に行きました。
ずっと弁柄が欲しくって、大きなホームセンターを何件かまわっては探してたけどなかなか見つかりませんでした。
絵の具屋のご主人に弁柄が置いてるか試しに聞いてみたら、嬉しい事に置いてました。陳列棚には並べずに、普段は戸棚にしまってるそうです。100グラムで130円。黒群青が一両(約30グラム)650円だから黒群青一両のお金で弁柄が500グラム買える。
色鮮やかな丹も、弁柄と同じグラムと値段で売ってたので分けてもらいました。
弁柄は酸化鉄の赤い顔料で、建築の塗料として使われています。赤というより赤茶色という感じ。
早速使ってみようっと。絵に使うとどんな感じになるのか楽しみです。
ずっと弁柄が欲しくって、大きなホームセンターを何件かまわっては探してたけどなかなか見つかりませんでした。
絵の具屋のご主人に弁柄が置いてるか試しに聞いてみたら、嬉しい事に置いてました。陳列棚には並べずに、普段は戸棚にしまってるそうです。100グラムで130円。黒群青が一両(約30グラム)650円だから黒群青一両のお金で弁柄が500グラム買える。
色鮮やかな丹も、弁柄と同じグラムと値段で売ってたので分けてもらいました。
弁柄は酸化鉄の赤い顔料で、建築の塗料として使われています。赤というより赤茶色という感じ。
早速使ってみようっと。絵に使うとどんな感じになるのか楽しみです。


