鯵ノコ
竹の子山
今日は竹の子山で畑仕事です。
家事をざっと済ませてから山へ歩いていきます。両親は一足先に山で竹の子堀りです。
山道ではウグイスの鳴き声に混じってキビタキが囀っているのが聞こえます。澄んだいい声です。
チゴユリも満開でクジャクシダもレースみたいな葉を広げています。ワダチにはホトトギスが深緑に斑点のある新芽をたくさん出していました。
あと、誰かかが苔を削って書いた字がなかなか消えません。
山へ行く途中には公園の跡があります。バブルの時に作られたのもですが結局潰れて廃園になりました。巨大コーヒーカップや巨大ボーリングピン、ペンキで塗られた怪しい社、温室風テラスがそのまま打ち捨てられています。
当時植えられたツツジやハナミズキがテラスやカップを覆い隠すほど大きくなって、この時期になるとたくさんの花をつけます。
山には昼前に着きました。藤がちょうど見ごろです。
少し早いけど昼食を食べてからコマツナとホウレンソウの畝の草引きです。
今日は良い天気だけど、空気がもっと澄んでいたらここから六甲山が見えます。隣の山では子供が遊びに来ているらしく、時々賑やかな笑い声が聞こえます。小一時間ほどでタラの芽やホウレンソウの間引き菜がトリボテいっぱい収穫できました。
これは今日一番の竹の子。四天王と名付けた。


家事をざっと済ませてから山へ歩いていきます。両親は一足先に山で竹の子堀りです。
山道ではウグイスの鳴き声に混じってキビタキが囀っているのが聞こえます。澄んだいい声です。
チゴユリも満開でクジャクシダもレースみたいな葉を広げています。ワダチにはホトトギスが深緑に斑点のある新芽をたくさん出していました。
あと、誰かかが苔を削って書いた字がなかなか消えません。

山へ行く途中には公園の跡があります。バブルの時に作られたのもですが結局潰れて廃園になりました。巨大コーヒーカップや巨大ボーリングピン、ペンキで塗られた怪しい社、温室風テラスがそのまま打ち捨てられています。

当時植えられたツツジやハナミズキがテラスやカップを覆い隠すほど大きくなって、この時期になるとたくさんの花をつけます。
山には昼前に着きました。藤がちょうど見ごろです。

少し早いけど昼食を食べてからコマツナとホウレンソウの畝の草引きです。
今日は良い天気だけど、空気がもっと澄んでいたらここから六甲山が見えます。隣の山では子供が遊びに来ているらしく、時々賑やかな笑い声が聞こえます。小一時間ほどでタラの芽やホウレンソウの間引き菜がトリボテいっぱい収穫できました。
これは今日一番の竹の子。四天王と名付けた。

京都府 清水寺と八坂の塔界隈
今日は京都の超観光スポットを散策です。
豊臣秀吉の妻「ねね」ゆかりの高台寺をメインに時間が許す限りその辺をうろうろ。
六道珍皇寺近くの駐車場に車を置き、正面に見える八坂の塔を目指して道路を渡ります。今日はいい天気なので青空をスキっと切り取ったみたいな塔の黒い屋根がかっこいい。
いつもは塔を眺めるだけで素通りだけど、塔の柵近くに夏みかんが並べられてるのが気になって拝観する事にしました。
塔の周りには牡丹が何株か植わっていて、牡丹の薄桃色や赤紫、濃い赤が塔の黒茶色によく映えていました。
若いモミジの葉もフサフサと茂り、根元を覆う苔に緑の柔らかな影をおとしています。
八坂の塔は正式な名を「法観寺」といい、東山一帯のシンボル的存在です。聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げで五重塔を建て、仏舎利を納めたのが始まりだそうです。
塔の小さな入り口から中に入ると、ひんやりした薄暗い中に大日如来をはじめとする仏像が安置されていました。
仏像の周りは群青、朱、黄土、緑青など色とりどりの装飾、仏画が描かれていました。いつ描かれたものか時間を経て少し彩色が風化しています。濃いところや薄い所、下地が見えたところなど色々な表情があって美しかった。光が差すと、薄暗い中で壁に塗られた黄土の彩色や仏さんの肌の金色が輝いて見えます。なかなか神秘的な光景。
八坂の党は内陣を公開している他、階段を登って二階に上がることが出来ます。
急な狭い細い階段を手すりをしっかり握り締めつつ上によじ登っていきます。ちょっと上がると中央に立つ心柱としっかりと組まれた太い木を目の当たりにします。中ごろには上向きに置かれた鏡が置いてあり、塔を貫く心柱の上層部まで見ることが出来ます。
今までいろんな三重塔や五重塔を見てきましたが、塔の骨組といった内部構造を見るのは全く初めてです。
この階は、塔一階の神秘的な雰囲気とはがらりと違い、まったく飾り気のない迫力のあるしっかりした力強さを感じます。
びしっと組まれた木の中は人が数人しかいられないような狭さです。でも木や心柱に建物の重みがかかっていて、それをしっかり支えているという感じが伝わってきます。力や圧力が目に見えるみたいだ。
塔の二階からは京都の町並みが見渡せます。遅咲きの桜がやや散りかけながらも満開でした。
塔から出て、上を何となしに見上げると茶室の前に背の高い夏みかんの木があって、たくさんの実をつけていました。外から見えた夏みかんはこの木から落っこちたものみたいです。
柵ごしに見える、京都の石畳と数奇屋のしゃれた風景にぼってりした夏みかんが数個並んでるのはユーモラスで良い。
八坂の塔の参道沿いは土産物屋に混じって、昔ながらの小さな豆腐屋さんがあったりで生活感が結構あります。そんな中でも思わず立ち寄ってしまうのが庚申堂です。
びんずるさんや本堂の中には赤、黄、青のくくり猿がたくさんくくりつけられています。手足を縛られたくくり猿は人間の欲望を抑えた形を表しているとのこと。
びんずるさんの周りにぶら下がっているくくり猿を手に取ってみると、背中にめいめいのお願い事が書かれていました。
八坂の塔への道沿いの家の軒先には、このくくり猿が何匹か連なってぶら下げられているのをよく見かけます。ならまちの庚申さんもそうだけど、町の中に庚申さんがあって賑やかにお参りされているのは、今でも信仰心が生きている感じがします。
そんなこんなで八坂の塔を後にして道なりに進んでいくと三年坂のふもとに出ました。石畳の階段に古風な料亭や土産物屋があって京都観光っぽさ全開です。
三年坂まで来るとさすがに観光客がいっぱい。関東からきたっぽい修学旅行客や外人で道はいっぱいです。標準語や韓国語、中国語に何か分からん言葉が飛び交っていました。清水寺の門前のお店は軒並み大繁盛でした。
清水寺の仁王門前は朱できれいに塗られてピカピカでした。
夕日を拝むために建てられた西門からは京都の町をよく眺める事が出来ました。
朱塗りの建物を見ながら奥に進むと轟門の受付に出ます。
本堂近くの轟門からはいきなり建物が渋い黒になります。回廊から見えるモミジの新緑がどこまでも広がっています。向こうに見える小さな塔は「子安の塔」とのこと。
これだけモミジがいっぱいあるのだから秋の紅葉は素晴らしい事でしょう。秋の清水寺が人でごった返すのが分かるような気がしました。でも現時点で人がいっぱい。
本堂の舞台も記念写真を撮影する人がいっぱいいました。舞台がやや下がって見えるのはようしてなのか、人の重みなのかは分かりません。でもこれだけ人が常にいるんだったら人の重みで下がってんのかな。
舞台から下を覗き込むと音羽の滝の水を汲む人の行列が見えました。これだけ上からだと誰がハゲなのかがよく分かる。
人の多い本堂周辺も子安の塔付近にまで来ると結構静かです。
清水寺はよく雑誌やテレビで見るので、有名な清水の舞台に実際に行っても観光寺という感じで、あまり新鮮さを感じませんでした
ただ、西国三十三所観音霊場第十六番札所ということもあり、本堂の中では背中に「南無観世音菩薩」と書かれた白い服をきた婆さんが熱心に拝んでいました。鉦の叩く音、お経を読む声が聞こえてそこだけは雰囲気が違いました。
清水寺は舞台から見えるモミジの風景や本堂の舞台、音羽の滝についつい目がいってしまいます。でも舞台を支える木組みや、シャガの花に囲まれてさりげなく残っている地蔵さんは歳月を感じて心に残りました。

今日のメインの高台寺は最後に行きました。
苔の美しい庭園や茶室はどれもモノは素晴らしかった。でも(今だけだと思うけど)庭に謎の現代美術風オブジェがあったり、ライトアップ用ライトがちょっと目に付いたりでなんか商売っ気を少し感じて残念でした。やたら広い駐車場と巨大観音像、おばちゃんの群れ以外あんまり覚えていません。
帰りに八坂の塔前の紅茶屋で一息入れました。
今日行ったところを振り返ってみると、今日は一番期待していた高台寺が期待はずれで、全く何の気なしに訪れた八坂の塔が良かったなぁという話になりました。
喫茶店の窓からは腕を広げたような八坂の塔の屋根が見えます。
歩きつかれて足がジワーンとするのを感じつつ飲む紅茶は美味しかった。
豊臣秀吉の妻「ねね」ゆかりの高台寺をメインに時間が許す限りその辺をうろうろ。
六道珍皇寺近くの駐車場に車を置き、正面に見える八坂の塔を目指して道路を渡ります。今日はいい天気なので青空をスキっと切り取ったみたいな塔の黒い屋根がかっこいい。

いつもは塔を眺めるだけで素通りだけど、塔の柵近くに夏みかんが並べられてるのが気になって拝観する事にしました。
塔の周りには牡丹が何株か植わっていて、牡丹の薄桃色や赤紫、濃い赤が塔の黒茶色によく映えていました。
若いモミジの葉もフサフサと茂り、根元を覆う苔に緑の柔らかな影をおとしています。
八坂の塔は正式な名を「法観寺」といい、東山一帯のシンボル的存在です。聖徳太子が如意輪観音の夢のお告げで五重塔を建て、仏舎利を納めたのが始まりだそうです。
塔の小さな入り口から中に入ると、ひんやりした薄暗い中に大日如来をはじめとする仏像が安置されていました。
仏像の周りは群青、朱、黄土、緑青など色とりどりの装飾、仏画が描かれていました。いつ描かれたものか時間を経て少し彩色が風化しています。濃いところや薄い所、下地が見えたところなど色々な表情があって美しかった。光が差すと、薄暗い中で壁に塗られた黄土の彩色や仏さんの肌の金色が輝いて見えます。なかなか神秘的な光景。
八坂の党は内陣を公開している他、階段を登って二階に上がることが出来ます。
急な狭い細い階段を手すりをしっかり握り締めつつ上によじ登っていきます。ちょっと上がると中央に立つ心柱としっかりと組まれた太い木を目の当たりにします。中ごろには上向きに置かれた鏡が置いてあり、塔を貫く心柱の上層部まで見ることが出来ます。
今までいろんな三重塔や五重塔を見てきましたが、塔の骨組といった内部構造を見るのは全く初めてです。

この階は、塔一階の神秘的な雰囲気とはがらりと違い、まったく飾り気のない迫力のあるしっかりした力強さを感じます。
びしっと組まれた木の中は人が数人しかいられないような狭さです。でも木や心柱に建物の重みがかかっていて、それをしっかり支えているという感じが伝わってきます。力や圧力が目に見えるみたいだ。
塔の二階からは京都の町並みが見渡せます。遅咲きの桜がやや散りかけながらも満開でした。

塔から出て、上を何となしに見上げると茶室の前に背の高い夏みかんの木があって、たくさんの実をつけていました。外から見えた夏みかんはこの木から落っこちたものみたいです。
柵ごしに見える、京都の石畳と数奇屋のしゃれた風景にぼってりした夏みかんが数個並んでるのはユーモラスで良い。

八坂の塔の参道沿いは土産物屋に混じって、昔ながらの小さな豆腐屋さんがあったりで生活感が結構あります。そんな中でも思わず立ち寄ってしまうのが庚申堂です。
びんずるさんや本堂の中には赤、黄、青のくくり猿がたくさんくくりつけられています。手足を縛られたくくり猿は人間の欲望を抑えた形を表しているとのこと。

びんずるさんの周りにぶら下がっているくくり猿を手に取ってみると、背中にめいめいのお願い事が書かれていました。
八坂の塔への道沿いの家の軒先には、このくくり猿が何匹か連なってぶら下げられているのをよく見かけます。ならまちの庚申さんもそうだけど、町の中に庚申さんがあって賑やかにお参りされているのは、今でも信仰心が生きている感じがします。
そんなこんなで八坂の塔を後にして道なりに進んでいくと三年坂のふもとに出ました。石畳の階段に古風な料亭や土産物屋があって京都観光っぽさ全開です。
三年坂まで来るとさすがに観光客がいっぱい。関東からきたっぽい修学旅行客や外人で道はいっぱいです。標準語や韓国語、中国語に何か分からん言葉が飛び交っていました。清水寺の門前のお店は軒並み大繁盛でした。
清水寺の仁王門前は朱できれいに塗られてピカピカでした。
夕日を拝むために建てられた西門からは京都の町をよく眺める事が出来ました。
朱塗りの建物を見ながら奥に進むと轟門の受付に出ます。
本堂近くの轟門からはいきなり建物が渋い黒になります。回廊から見えるモミジの新緑がどこまでも広がっています。向こうに見える小さな塔は「子安の塔」とのこと。

これだけモミジがいっぱいあるのだから秋の紅葉は素晴らしい事でしょう。秋の清水寺が人でごった返すのが分かるような気がしました。でも現時点で人がいっぱい。
本堂の舞台も記念写真を撮影する人がいっぱいいました。舞台がやや下がって見えるのはようしてなのか、人の重みなのかは分かりません。でもこれだけ人が常にいるんだったら人の重みで下がってんのかな。
舞台から下を覗き込むと音羽の滝の水を汲む人の行列が見えました。これだけ上からだと誰がハゲなのかがよく分かる。
人の多い本堂周辺も子安の塔付近にまで来ると結構静かです。
清水寺はよく雑誌やテレビで見るので、有名な清水の舞台に実際に行っても観光寺という感じで、あまり新鮮さを感じませんでした
ただ、西国三十三所観音霊場第十六番札所ということもあり、本堂の中では背中に「南無観世音菩薩」と書かれた白い服をきた婆さんが熱心に拝んでいました。鉦の叩く音、お経を読む声が聞こえてそこだけは雰囲気が違いました。

清水寺は舞台から見えるモミジの風景や本堂の舞台、音羽の滝についつい目がいってしまいます。でも舞台を支える木組みや、シャガの花に囲まれてさりげなく残っている地蔵さんは歳月を感じて心に残りました。

今日のメインの高台寺は最後に行きました。
苔の美しい庭園や茶室はどれもモノは素晴らしかった。でも(今だけだと思うけど)庭に謎の現代美術風オブジェがあったり、ライトアップ用ライトがちょっと目に付いたりでなんか商売っ気を少し感じて残念でした。やたら広い駐車場と巨大観音像、おばちゃんの群れ以外あんまり覚えていません。
帰りに八坂の塔前の紅茶屋で一息入れました。
今日行ったところを振り返ってみると、今日は一番期待していた高台寺が期待はずれで、全く何の気なしに訪れた八坂の塔が良かったなぁという話になりました。
喫茶店の窓からは腕を広げたような八坂の塔の屋根が見えます。
歩きつかれて足がジワーンとするのを感じつつ飲む紅茶は美味しかった。
春の終わり
4月も下旬に入り、竹の子のシーズンもいよいよ終盤です。
川は竹の子の茹で汁で濁り、畑の横に捨てられた竹の子の皮が小山のようになっています。竹の子の皮の腐る、何ともいえない臭いがします。
気が付いたらツバメも飛んできて囀っています。
今朝、バスの窓から外を眺めていると、谷の地蔵さんの横にホタルカズラが小さい星のような真っ青な花をつけているのを見つけました。
おととし、ホタルカズラを一本ちぎってきて庭にさしたら見事に根付きました。でもあまりにも繁茂するので裏の石垣の側に移したら、石垣をつたってどんどん伸びていきました。
今年は濃い紫のたくさんつぼみをつけています。谷の方が咲くのが早いけど、こちらもぼちぼちつぼみがほころびそうです。
桜の若葉も日に日に緑の濃さを増し、山も少し初夏の雰囲気を帯びてきました。
藤の花をはじめ、山はジュウニヒトエやキランソウの紫の花をよく見かけます。長保寺で満開だったタツナミソウはうちの庭ではまだつぼみが青いですが、去年種がこぼれてたくさん実生の株が増えて嬉しい。
川は竹の子の茹で汁で濁り、畑の横に捨てられた竹の子の皮が小山のようになっています。竹の子の皮の腐る、何ともいえない臭いがします。

気が付いたらツバメも飛んできて囀っています。
今朝、バスの窓から外を眺めていると、谷の地蔵さんの横にホタルカズラが小さい星のような真っ青な花をつけているのを見つけました。
おととし、ホタルカズラを一本ちぎってきて庭にさしたら見事に根付きました。でもあまりにも繁茂するので裏の石垣の側に移したら、石垣をつたってどんどん伸びていきました。
今年は濃い紫のたくさんつぼみをつけています。谷の方が咲くのが早いけど、こちらもぼちぼちつぼみがほころびそうです。
桜の若葉も日に日に緑の濃さを増し、山も少し初夏の雰囲気を帯びてきました。
藤の花をはじめ、山はジュウニヒトエやキランソウの紫の花をよく見かけます。長保寺で満開だったタツナミソウはうちの庭ではまだつぼみが青いですが、去年種がこぼれてたくさん実生の株が増えて嬉しい。
さんまとクワイ
京都府 建仁寺とその周辺1・六波羅蜜寺と六道珍皇寺
和歌山、奈良の神社仏閣は行きやすい事もあり、普段からよく訪れています。でも京都はあんまり行きません。春や秋の観光シーズンは人が多くてあんまりゆっくり出来ないからです。そんなこんなで、実は清水寺も一度もお参りしたことがありません。
でも関西に住んでいながら、たくさんの素晴らしいお寺や古い町並み・文化財の残る京都に行かないのはもったいない。
桜の季節も終わったし、今ならちょっと空いてるかなぁと思いつつ建仁寺周辺をうろうろしました。この辺はいいお寺がたくさんあります。せっかくなので、建仁寺だけでなく近くの六波羅蜜寺と六道珍皇寺も行くつもり。
八坂神社の近くの駐車場に車をおいて、そこから五条方面に向って歩いていきます。桜の季節が終わったとはいえやっぱり八坂さん周辺はたくさんの観光客で賑わっていました。修学旅行の団体はもちろんのことリュックを背負った外人の観光客もたくさん見かけました。
建仁寺は最後に行く事にして、まずは六波羅蜜寺と六道珍皇寺へ。
六波羅蜜寺は平安時代中期に空也上人が開いたお寺で、西国第十七番札所礼場でもあります。
平安時代中期の京都は悪病が蔓延しており、空也上人は民衆を救うため、鉦を鳴らし念仏を唱えながら町を練り歩いたそうです。空也上人が刻んだと言われる十一面観音像(藤原時代、国宝・12年に一度、辰年のみご開帳の秘仏)の他、鎌倉時代に彫られた、口から六体の阿弥陀仏が出てる空也上人像・座って経巻を読んでる平清盛坐像が有名です。
六道珍皇寺は「六道さん」の名前で親しまれる小さなお寺です。お盆の頃には精霊迎えに参詣する人で大賑わいするそうです。小野篁(おののたかむら・昼は宮廷で宮仕え、夜は閻魔大王に仕えた平安時代初期の官僚)があの世とこの世を行き来したという井戸が残されています。
六波羅蜜寺と六道珍皇寺は八坂神社西楼門前の東大路通を五条方面にまっすぐ行って、適当に角を鴨川方面に曲がれば直に着きます。でも今回は車とか交通量の多い大通りは避け、裏道を通って行くことにしました。
京都はちょっと裏道に入ると地蔵堂があったり、すだれの似合う数奇屋風の民家があったり、雰囲気のいい古いお寺があったりで寄り道するのも面白い。
ふらっと歩いていくと、ラブホテルに囲まれて絵馬のたくさん飾っている神社にでました。
絵馬堂には入らなかったけど、馬やら何やらが描かれた大きな立派な絵馬が壁にかけられていました。かなり古そうな絵馬です。この神社は縁結びや縁切りにご利益があるとの事で、願い事を書いたお札がたくさん結びつけられていました。
他にも崇徳天皇のお墓もあった。でもなんか荒れていました。
そんなこんなで六波羅蜜寺に昼頃到着。本堂は40年ぐらい前に修復されたという事で柱に塗られた朱が鮮やかでした。本堂横には水掛弁才天がおまつりされています。この水でお金を洗うと金運がよくなるそうです。お参りの婆さんが結構いて、熱心に拝んでました。本堂の朱も人がよく触れる所ははげてツヤ光りしていました。
真言宗のお寺は信仰心が手垢みたいにこびりついてテカテカ光っている感じです。真言宗圏で生まれ育った自分にとっては落ち着く風景だ。
空也上人像などの木像は本堂裏手の宝物館で拝観できます。町の小さなお寺なのにたくさんの仏像が残っているのに驚きました。やっぱり昔は凄く力のあるお寺だったのでしょう。
仏像は地蔵菩薩立像・四天王立像などが藤原時代作の他、鎌倉時代作のものが多かった。
空也上人像は鉦を叩きつつ片足を一歩踏み出し、口からは仏さんが出ていました。胸元ははだけているし、痩せていて小柄でどちらかというと貧相な体格です。血管の浮いた額に眉を寄せた表情でなんか必死な感じがしました。ありがたくて神々しいというよりは人間そのものを像にしたという感じです。
鎌倉時代の彫刻は如来像や菩薩像は少しリアルで生っぽい人間くさい雰囲気を受けます。でも、実在した僧や人物の像は凄く生き生きしてるような気がするので、鎌倉時代の彫刻だと人物像の方が良いなーと思います。
空也上人像の前で、外人さんが像をスケッチしていました。普通、お寺は仏像は写生禁止のところが多いけどここはいいのかな。海外からという事で特別に許可してもらったんだろうか。分からん。

六道珍皇寺は六波羅蜜寺のすぐ近くにあります。お盆はお祭りで賑わうそうですが今日はお盆でもないので全く静かです。境内の横はすぐ家なので、境内から家のベランダに干された洗濯物とかが見えます。町中にある近所の寺みたいです。
閻魔堂には閻魔大王像と小野篁像がまつられています。それぞれの像の前には目をむいた鬼のがひかえていますが、照明の具合で目がギラッっと光って怖い。しかも閻魔堂の戸は開けられないので、小さな格子の隙間からのぞくように拝観します。のぞいた瞬間、鬼の目をむいた顔が近くにあるので、小さな子にはトラウマになりそうです。それ以上に小野篁像が異様に怖い。でかい上、胡粉がハゲかけた白い顔に目が光って怖い。閻魔大王より二割り増しで怖い。
他にも境内には赤いよだれかけをしたお地蔵さんがかたまっておまつりされています。
立札の説明書きによると、平安時代は風葬が一般的で、この付近は遺体を野辺送りする場所だったそうです。六道珍皇寺から鴨川にかけては打ち捨てられた遺体がたくさんあったそうな。
六道というのは、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六つの世界のこと。その六道の交差点であるこの付近は「六道の辻」と呼ばれ、この世とあの世の境目にあたるとの事です。小野篁(たかむら)が冥府へ通った入口はこの寺の井戸といわれ、本堂横の庭に残されています。
境内にたくさんあるお地蔵さんも死者をまつるためのものなんでしょうか。お寺自体はこぢんまりしています。でも、閻魔堂のただならぬ形相の鬼の像とかを見ていると、あの世の入り口という異世界ムードを感じなくもないです。お盆の頃はきっと雰囲気ぼうぼうだと思います。
六道珍皇寺の近所には、死んでからも子供を飴を与えて育てたという「子育て幽霊」ゆかりの小さなお寺や、幽霊に飴を売った飴屋が残されています。
上の渋い弘法大師の絵の写真はここのお寺で撮りました。
でも関西に住んでいながら、たくさんの素晴らしいお寺や古い町並み・文化財の残る京都に行かないのはもったいない。
桜の季節も終わったし、今ならちょっと空いてるかなぁと思いつつ建仁寺周辺をうろうろしました。この辺はいいお寺がたくさんあります。せっかくなので、建仁寺だけでなく近くの六波羅蜜寺と六道珍皇寺も行くつもり。
八坂神社の近くの駐車場に車をおいて、そこから五条方面に向って歩いていきます。桜の季節が終わったとはいえやっぱり八坂さん周辺はたくさんの観光客で賑わっていました。修学旅行の団体はもちろんのことリュックを背負った外人の観光客もたくさん見かけました。

建仁寺は最後に行く事にして、まずは六波羅蜜寺と六道珍皇寺へ。
六波羅蜜寺は平安時代中期に空也上人が開いたお寺で、西国第十七番札所礼場でもあります。
平安時代中期の京都は悪病が蔓延しており、空也上人は民衆を救うため、鉦を鳴らし念仏を唱えながら町を練り歩いたそうです。空也上人が刻んだと言われる十一面観音像(藤原時代、国宝・12年に一度、辰年のみご開帳の秘仏)の他、鎌倉時代に彫られた、口から六体の阿弥陀仏が出てる空也上人像・座って経巻を読んでる平清盛坐像が有名です。
六道珍皇寺は「六道さん」の名前で親しまれる小さなお寺です。お盆の頃には精霊迎えに参詣する人で大賑わいするそうです。小野篁(おののたかむら・昼は宮廷で宮仕え、夜は閻魔大王に仕えた平安時代初期の官僚)があの世とこの世を行き来したという井戸が残されています。
六波羅蜜寺と六道珍皇寺は八坂神社西楼門前の東大路通を五条方面にまっすぐ行って、適当に角を鴨川方面に曲がれば直に着きます。でも今回は車とか交通量の多い大通りは避け、裏道を通って行くことにしました。
京都はちょっと裏道に入ると地蔵堂があったり、すだれの似合う数奇屋風の民家があったり、雰囲気のいい古いお寺があったりで寄り道するのも面白い。
ふらっと歩いていくと、ラブホテルに囲まれて絵馬のたくさん飾っている神社にでました。

絵馬堂には入らなかったけど、馬やら何やらが描かれた大きな立派な絵馬が壁にかけられていました。かなり古そうな絵馬です。この神社は縁結びや縁切りにご利益があるとの事で、願い事を書いたお札がたくさん結びつけられていました。

他にも崇徳天皇のお墓もあった。でもなんか荒れていました。
そんなこんなで六波羅蜜寺に昼頃到着。本堂は40年ぐらい前に修復されたという事で柱に塗られた朱が鮮やかでした。本堂横には水掛弁才天がおまつりされています。この水でお金を洗うと金運がよくなるそうです。お参りの婆さんが結構いて、熱心に拝んでました。本堂の朱も人がよく触れる所ははげてツヤ光りしていました。
真言宗のお寺は信仰心が手垢みたいにこびりついてテカテカ光っている感じです。真言宗圏で生まれ育った自分にとっては落ち着く風景だ。
空也上人像などの木像は本堂裏手の宝物館で拝観できます。町の小さなお寺なのにたくさんの仏像が残っているのに驚きました。やっぱり昔は凄く力のあるお寺だったのでしょう。
仏像は地蔵菩薩立像・四天王立像などが藤原時代作の他、鎌倉時代作のものが多かった。
空也上人像は鉦を叩きつつ片足を一歩踏み出し、口からは仏さんが出ていました。胸元ははだけているし、痩せていて小柄でどちらかというと貧相な体格です。血管の浮いた額に眉を寄せた表情でなんか必死な感じがしました。ありがたくて神々しいというよりは人間そのものを像にしたという感じです。
鎌倉時代の彫刻は如来像や菩薩像は少しリアルで生っぽい人間くさい雰囲気を受けます。でも、実在した僧や人物の像は凄く生き生きしてるような気がするので、鎌倉時代の彫刻だと人物像の方が良いなーと思います。
空也上人像の前で、外人さんが像をスケッチしていました。普通、お寺は仏像は写生禁止のところが多いけどここはいいのかな。海外からという事で特別に許可してもらったんだろうか。分からん。

六道珍皇寺は六波羅蜜寺のすぐ近くにあります。お盆はお祭りで賑わうそうですが今日はお盆でもないので全く静かです。境内の横はすぐ家なので、境内から家のベランダに干された洗濯物とかが見えます。町中にある近所の寺みたいです。
閻魔堂には閻魔大王像と小野篁像がまつられています。それぞれの像の前には目をむいた鬼のがひかえていますが、照明の具合で目がギラッっと光って怖い。しかも閻魔堂の戸は開けられないので、小さな格子の隙間からのぞくように拝観します。のぞいた瞬間、鬼の目をむいた顔が近くにあるので、小さな子にはトラウマになりそうです。それ以上に小野篁像が異様に怖い。でかい上、胡粉がハゲかけた白い顔に目が光って怖い。閻魔大王より二割り増しで怖い。
他にも境内には赤いよだれかけをしたお地蔵さんがかたまっておまつりされています。
立札の説明書きによると、平安時代は風葬が一般的で、この付近は遺体を野辺送りする場所だったそうです。六道珍皇寺から鴨川にかけては打ち捨てられた遺体がたくさんあったそうな。
六道というのは、地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人道・天道の六つの世界のこと。その六道の交差点であるこの付近は「六道の辻」と呼ばれ、この世とあの世の境目にあたるとの事です。小野篁(たかむら)が冥府へ通った入口はこの寺の井戸といわれ、本堂横の庭に残されています。
境内にたくさんあるお地蔵さんも死者をまつるためのものなんでしょうか。お寺自体はこぢんまりしています。でも、閻魔堂のただならぬ形相の鬼の像とかを見ていると、あの世の入り口という異世界ムードを感じなくもないです。お盆の頃はきっと雰囲気ぼうぼうだと思います。
六道珍皇寺の近所には、死んでからも子供を飴を与えて育てたという「子育て幽霊」ゆかりの小さなお寺や、幽霊に飴を売った飴屋が残されています。
上の渋い弘法大師の絵の写真はここのお寺で撮りました。
京都府 建仁寺とその周辺2・建仁寺
六波羅蜜寺と六道珍皇寺をお参りした後は、いよいよ建仁寺へ。
去年、祇園をうろうろしてると建仁寺に偶然たどり着きました。でも閉門時間を大分過ぎてしまっていたので、中は見ることが出来ませんでした。
建仁寺は臨済宗建仁寺派の総本山です。開山は栄西で、栄西は入宋後日本に禅を伝えた他、お茶や喫茶の法をもたらした茶祖としても知られています。
鎌倉時代の建仁二年(1202年)に開かれたので、そこから名前をとって建仁寺と名づけられました。
境内のモミジは芽を吹いたばかりで、杉苔の濃い緑と新緑の取り合わせが清々しかった。

建仁寺は門や本堂に朱を塗ることもなく、古色を帯びた黒色です。漆喰の白と、そこから見える黒い柱にリズム感があって気持ち良い。
さっきまでは六波羅蜜寺や六道珍皇寺の丹塗りの本堂を見、水子さんや閻魔のいる濃い赤い空間にいました。建仁寺はそれとは全く違い、白と黒で構成されたようなスッキリとした空間で、なんだかえらくモダンで知的な所にいる感じがします。ここで勉強すると凄くはかどりそうだ。
建仁寺の中は、白砂が敷き詰めらた方丈前の石庭・大雄苑や苔のきれいな潮音庭の他、いたるところに小さな庭がありました。
椅子が置いてある部屋の机の上に金魚蜂が置かれています。少し季節が早いけど、風鈴がつってあって落ち着きます。開けられた窓からは椿の木と、さらに向こうの庭の新緑と緋毛氈が見えました。椿の木の周りは白い砂が円を描くように敷き詰められていて、湖畔の側にたたずんでいるような静かな雰囲気です。

茶室へ続く石畳も苔が滑らかで、布石横の土も踏み固められて何ともいえないツヤっぽい質感になっています。
建仁寺はかの有名な俵屋宗達筆・風塵雷神図が伝えられていますが、公開されているのはレプリカです。(実物は京都国立博物館にあります。)
他にも橋本関雪の障壁画や小泉淳作筆の大きな双龍図を見ることが出来ます。
建仁寺の境内を歩いていると、雲水さんが庭木の手入れをしたり、掃除をしているところをよく見かけました。きっり手入れされている中に、落ちた椿の赤い花が二つ三つ苔の上にそのままにされているのを見つけました。わざと残しているのかどうかは分かりませんが、緑がいっぱいの風景の中で椿の赤が印象に残りました。素養があるなら俳句でもひねれそうな風景でした。
去年、祇園をうろうろしてると建仁寺に偶然たどり着きました。でも閉門時間を大分過ぎてしまっていたので、中は見ることが出来ませんでした。
建仁寺は臨済宗建仁寺派の総本山です。開山は栄西で、栄西は入宋後日本に禅を伝えた他、お茶や喫茶の法をもたらした茶祖としても知られています。
鎌倉時代の建仁二年(1202年)に開かれたので、そこから名前をとって建仁寺と名づけられました。
境内のモミジは芽を吹いたばかりで、杉苔の濃い緑と新緑の取り合わせが清々しかった。

建仁寺は門や本堂に朱を塗ることもなく、古色を帯びた黒色です。漆喰の白と、そこから見える黒い柱にリズム感があって気持ち良い。
さっきまでは六波羅蜜寺や六道珍皇寺の丹塗りの本堂を見、水子さんや閻魔のいる濃い赤い空間にいました。建仁寺はそれとは全く違い、白と黒で構成されたようなスッキリとした空間で、なんだかえらくモダンで知的な所にいる感じがします。ここで勉強すると凄くはかどりそうだ。
建仁寺の中は、白砂が敷き詰めらた方丈前の石庭・大雄苑や苔のきれいな潮音庭の他、いたるところに小さな庭がありました。

椅子が置いてある部屋の机の上に金魚蜂が置かれています。少し季節が早いけど、風鈴がつってあって落ち着きます。開けられた窓からは椿の木と、さらに向こうの庭の新緑と緋毛氈が見えました。椿の木の周りは白い砂が円を描くように敷き詰められていて、湖畔の側にたたずんでいるような静かな雰囲気です。

茶室へ続く石畳も苔が滑らかで、布石横の土も踏み固められて何ともいえないツヤっぽい質感になっています。

建仁寺はかの有名な俵屋宗達筆・風塵雷神図が伝えられていますが、公開されているのはレプリカです。(実物は京都国立博物館にあります。)
他にも橋本関雪の障壁画や小泉淳作筆の大きな双龍図を見ることが出来ます。

建仁寺の境内を歩いていると、雲水さんが庭木の手入れをしたり、掃除をしているところをよく見かけました。きっり手入れされている中に、落ちた椿の赤い花が二つ三つ苔の上にそのままにされているのを見つけました。わざと残しているのかどうかは分かりませんが、緑がいっぱいの風景の中で椿の赤が印象に残りました。素養があるなら俳句でもひねれそうな風景でした。
竹の子 200キロ
今日は竹の子が200キロもあった。
出荷する時見た目がいいように株の部分を包丁で切って整えていきました。黒くて小さなコマの竹の子は水煮用に硬い部分をカットです。
裏庭に五右衛門風呂みたいな巨大釜をすえつけてコマをそのままどんどん放り込んで炊きました。今はバーナーで炊くけれど祖父の頃は薪で炊いたそうです。
煮あがった竹の子は火箸で取り上げて行って、巨大金タライにほり込んでいきます。茹でたての竹の子の皮むきは熱くて手をやけどしそうになったけど、皮が面白いほどスルッとむけて面白い。
夜8時に集荷のトラックが来て竹の子を積み込んで、皮むき作業も一段落。これから細かい汚れを取っていく磨きの作業に入ります。
コマの竹の子を一本もらってスケッチしました。

どの家も庭で竹の子を炊くので、この時期は川が竹の子の茹で汁で臭くなります。

出荷する時見た目がいいように株の部分を包丁で切って整えていきました。黒くて小さなコマの竹の子は水煮用に硬い部分をカットです。
裏庭に五右衛門風呂みたいな巨大釜をすえつけてコマをそのままどんどん放り込んで炊きました。今はバーナーで炊くけれど祖父の頃は薪で炊いたそうです。
煮あがった竹の子は火箸で取り上げて行って、巨大金タライにほり込んでいきます。茹でたての竹の子の皮むきは熱くて手をやけどしそうになったけど、皮が面白いほどスルッとむけて面白い。
夜8時に集荷のトラックが来て竹の子を積み込んで、皮むき作業も一段落。これから細かい汚れを取っていく磨きの作業に入ります。
コマの竹の子を一本もらってスケッチしました。

どの家も庭で竹の子を炊くので、この時期は川が竹の子の茹で汁で臭くなります。
和歌山県 住友金属和歌山製鉄所
長保寺の帰り、住友金属和歌山製鉄所の構内を見学できる機会に恵まれました。(もちろん許可証を見せてです。)
構内の見学は夜だし車から降りることは出来ないので、車の窓を開けてぐるっと構内の一部を一巡りで見学といったものでした。
警備の人が敬礼する横を緊張しつつ門をくぐると真っ先に目に飛び込んできたのが「笑顔で出勤・笑顔で帰宅」という大きな標語が書かれた、すさまじくでかい看板でした。看板の後ろには巨大ロボットの胴体のようなタンクがうずくまる様にそびえています。どこから吐き出されるのか夜空に白いスチームが吹き上げられていました。
とてつもなく太くて大きなパイプが、細いパイプをびっしり巻きつけたタンクに繋がれている下を車で走りました。大きなヒダのついた黒々とした機械(これまたとてつもなく大きい)の横を通ると蒸気のモワッとした熱と、鉄の熱されたにおいが窓から入ってきました。杖みたいな二股に分かれた細いパイプが一定間隔で地面から生えていてシューっと蒸気を噴出していました。黒い大きなピラミッドはコークスの山です。処理される前のスクラップも大きな山になっていました。
構内には赤や緑のランプをつけた、黄色と黒の縞模様の電車が走っていました。ゆっくりした速さで天空の城ラピュタに出てくるロボットの卵みたいなのを連ねて運んでいました。
どこからともなくゴォンゴォンとかカーン、カーンという音に混じってサイレンの音が聞こえます。
昔見た、大友克洋の「MEMORIES」という映画の「大砲の街」を思い出しました。
一つ一つの工場はものすごく大きかった。夜の稼働なので工場内にはオレンジ色のライトが灯っていました。何の工場かは分からないけど、巨大な壺のような鍋が3つぐらい並んでいる所が外から見えました。どの鍋にも蓋がしてありましたが、蓋の隙間から目の痛くなるような赤黄色い光が漏れていました。きっと溶けた鉄か何かが入っているのでしょう。
構内に通されている巨大なパイプにはそれぞれ「Bガス」とか「Kガス」とか書かれていました。操業するときに使うだかなんだか説明を受けましたが、中でも「Kガス」は超危険なガスらしいです。吸うと人間なんか一瞬で死んでしまうそうです。私もKガスには普段から気を付けようと思いました。
構内の中心部は(夜で見えにくかったのか)花や木の自然物はほとんど見かけず、鉄やパイプ、タンクの人工物で埋め尽くされていました。でも、むき出しの鉄筋や有機的に曲がってタンクを繋ぐ大小のパイプを見ていると、なんだかそれらが胃や腸、動脈や毛細血管といった大きな生き物の臓器みたいに見えてきました。吹き上がるスチームは息をしているようで、ちょうど巨大な生き物の腹の中にいる感じです。
結局構内の心臓部に当たる製鋼所(製鉄所?)は見学できませんでしたが心臓部はもっと迫力があるそうです。
門を出る時、黒い大きな塔からめらめら青い炎が噴出してるのを見ました。何が燃えているのか透き通った炎でした。ホログラムを見ているようでちょっと現実離れした風景でした。後ろのさらに背の高い塔からはオレンジ色の炎が上がっていました。
入って来た時と同じように敬礼をする警備員さんの横を通って門を出ましたが、普段見られない鉄を作る現場を見ることが出来て興奮しました。
昼は自然いっぱいの長保寺、夜は機械がいっぱいの住金構内を訪れる事が出来て、今日は疲れたけどかなり充実した一日でした。
写真は前に撮ったもの。

構内の見学は夜だし車から降りることは出来ないので、車の窓を開けてぐるっと構内の一部を一巡りで見学といったものでした。
警備の人が敬礼する横を緊張しつつ門をくぐると真っ先に目に飛び込んできたのが「笑顔で出勤・笑顔で帰宅」という大きな標語が書かれた、すさまじくでかい看板でした。看板の後ろには巨大ロボットの胴体のようなタンクがうずくまる様にそびえています。どこから吐き出されるのか夜空に白いスチームが吹き上げられていました。
とてつもなく太くて大きなパイプが、細いパイプをびっしり巻きつけたタンクに繋がれている下を車で走りました。大きなヒダのついた黒々とした機械(これまたとてつもなく大きい)の横を通ると蒸気のモワッとした熱と、鉄の熱されたにおいが窓から入ってきました。杖みたいな二股に分かれた細いパイプが一定間隔で地面から生えていてシューっと蒸気を噴出していました。黒い大きなピラミッドはコークスの山です。処理される前のスクラップも大きな山になっていました。

構内には赤や緑のランプをつけた、黄色と黒の縞模様の電車が走っていました。ゆっくりした速さで天空の城ラピュタに出てくるロボットの卵みたいなのを連ねて運んでいました。
どこからともなくゴォンゴォンとかカーン、カーンという音に混じってサイレンの音が聞こえます。
昔見た、大友克洋の「MEMORIES」という映画の「大砲の街」を思い出しました。
一つ一つの工場はものすごく大きかった。夜の稼働なので工場内にはオレンジ色のライトが灯っていました。何の工場かは分からないけど、巨大な壺のような鍋が3つぐらい並んでいる所が外から見えました。どの鍋にも蓋がしてありましたが、蓋の隙間から目の痛くなるような赤黄色い光が漏れていました。きっと溶けた鉄か何かが入っているのでしょう。

構内に通されている巨大なパイプにはそれぞれ「Bガス」とか「Kガス」とか書かれていました。操業するときに使うだかなんだか説明を受けましたが、中でも「Kガス」は超危険なガスらしいです。吸うと人間なんか一瞬で死んでしまうそうです。私もKガスには普段から気を付けようと思いました。

構内の中心部は(夜で見えにくかったのか)花や木の自然物はほとんど見かけず、鉄やパイプ、タンクの人工物で埋め尽くされていました。でも、むき出しの鉄筋や有機的に曲がってタンクを繋ぐ大小のパイプを見ていると、なんだかそれらが胃や腸、動脈や毛細血管といった大きな生き物の臓器みたいに見えてきました。吹き上がるスチームは息をしているようで、ちょうど巨大な生き物の腹の中にいる感じです。

結局構内の心臓部に当たる製鋼所(製鉄所?)は見学できませんでしたが心臓部はもっと迫力があるそうです。
門を出る時、黒い大きな塔からめらめら青い炎が噴出してるのを見ました。何が燃えているのか透き通った炎でした。ホログラムを見ているようでちょっと現実離れした風景でした。後ろのさらに背の高い塔からはオレンジ色の炎が上がっていました。
入って来た時と同じように敬礼をする警備員さんの横を通って門を出ましたが、普段見られない鉄を作る現場を見ることが出来て興奮しました。
昼は自然いっぱいの長保寺、夜は機械がいっぱいの住金構内を訪れる事が出来て、今日は疲れたけどかなり充実した一日でした。
写真は前に撮ったもの。
和歌山県 海南・長保寺
桜はもうほとんど散ってしまいましたが、今日は雲ひとつない晴天で絶好のドライブ日和です。友達と私の三人で海南の長保寺に出かけかました。
長保寺は紀州徳川家の菩提寺で本堂(鎌倉時代)・多宝塔・大門(それぞれ室町時代)は三つ揃って国宝です。
長保寺はほとんど観光地化されていないので、観光客もあまり訪れないようです。お庭の手入れも行き届いており、山門近くにはお弁当を広げるのにはうってつけの芝生広場があるので春になるとのんびりしに毎年長保寺を訪れています。
海南・下津には他にも善福院釈迦堂(鎌倉時代・こちらも国宝)といった名刹がのどかなミカン畑や田園風景のなかにさりげなく残っています。
長保寺にはちょうど昼ごろついたので、大門近くの芝生でお弁当を広げてのんびりしました。春の天気のいい日に芝生に寝転がっての昼寝ほど気持ちいいものはありません。
仰向けはまぶしかったので顔にスカーフをかけました。友達が写真を撮ってくれましたがなんか・・・気色悪い絵です。
それにしても、寝転んでミカン山や畑の広がる風景を見ながら葉桜の時期の山の風景ほど色鮮やかなものはないと思いました。山桜は少し臙脂のかかった若芽を吹いて、椎の木はクリーム色の芽吹きです。楠は萌えるような黄色だし、楓の透き通るような緑の新芽は見ていると気分が清々しくなります。賑やかな新緑の緑に混じってとろどころにツツジの赤紫が混じってるのもウキウキします。
秋の山も紅葉できれいですが四季を通じて私は新緑の山の風景が生き生きしている感じで一番好きです。
昼食後、一休みしてからお参りしました。和歌山特有の緑青がかった石段を登ると本堂です。近くには多宝塔がたたずんでいます。
小高い所にあるお寺なので鐘楼からはのんびりしたミカン山の風景を見ることが出来ます。境内では本堂と多宝塔を取り囲むように牡丹が植えられています。
ちょうどご住職が花の手入れをしていらっしゃいました。昨日の夜の風雨で咲き始めた牡丹の花が少し痛んでしまったとおっしゃっていました。
境内には牡丹だけでなく山吹やヒメシャガも植えられています。石垣にはへばりつくようにしてタツナミソウが紫の花をつけています。春は桜だけじゃないなぁ。山吹の黄色やシャガの薄紫色は木漏れ日を受けて色がよりいっそう鮮やかに見えました。
本堂の周りの水溜りや溝にはイモリとメダカがたくさんいて蛙がもうコロコロと鳴いていました。大きなヤンマのヤゴもいました。
長保寺は紀州徳川家の菩提寺なので本堂裏の山中に大きな藩主廟所が作られています。万が一の時の陣地として利用する事を想定したためか石垣は物々しく、墓というより山城跡と言った方がしっくりきます。
墓の前には「誰それの墓」と立て札が立っています。
なぜか二代・光貞の墓だけ写真付きでした。でもどう見ても俳優の大滝秀治さんです。いいんか。
廟所はうっそうとした森の中にあるためか、ちょっと忘れられた寂しい感じがしました。お墓の周りには浦島草が群生していて釣り糸を垂れたような茶色の花をたくさん咲かせていました。
8代将軍吉宗と14代将軍の家茂は将軍となったためお墓は東京にあるそうです。

こちらは廟所の出口の門。山吹がきれいでした。
境内をぐるっと一周してからは閉門までめいめい好きな場所に散ってスケッチしました。牡丹が植えられている石垣近くの白い壁を描きました。
閉門の時間ぐらいに合評するでもなく3人で絵を並べて見ました。学生時代の写生合宿を思い出して懐かしかったです。
今日は一日中長保寺で過ごしましたが、だらけたり花を見たりスケッチしたりと楽しかった。また友達揃ってどっか絵を描きに行くのもいいなと思いました。
長保寺は紀州徳川家の菩提寺で本堂(鎌倉時代)・多宝塔・大門(それぞれ室町時代)は三つ揃って国宝です。

長保寺はほとんど観光地化されていないので、観光客もあまり訪れないようです。お庭の手入れも行き届いており、山門近くにはお弁当を広げるのにはうってつけの芝生広場があるので春になるとのんびりしに毎年長保寺を訪れています。
海南・下津には他にも善福院釈迦堂(鎌倉時代・こちらも国宝)といった名刹がのどかなミカン畑や田園風景のなかにさりげなく残っています。
長保寺にはちょうど昼ごろついたので、大門近くの芝生でお弁当を広げてのんびりしました。春の天気のいい日に芝生に寝転がっての昼寝ほど気持ちいいものはありません。

仰向けはまぶしかったので顔にスカーフをかけました。友達が写真を撮ってくれましたがなんか・・・気色悪い絵です。
それにしても、寝転んでミカン山や畑の広がる風景を見ながら葉桜の時期の山の風景ほど色鮮やかなものはないと思いました。山桜は少し臙脂のかかった若芽を吹いて、椎の木はクリーム色の芽吹きです。楠は萌えるような黄色だし、楓の透き通るような緑の新芽は見ていると気分が清々しくなります。賑やかな新緑の緑に混じってとろどころにツツジの赤紫が混じってるのもウキウキします。
秋の山も紅葉できれいですが四季を通じて私は新緑の山の風景が生き生きしている感じで一番好きです。
昼食後、一休みしてからお参りしました。和歌山特有の緑青がかった石段を登ると本堂です。近くには多宝塔がたたずんでいます。

小高い所にあるお寺なので鐘楼からはのんびりしたミカン山の風景を見ることが出来ます。境内では本堂と多宝塔を取り囲むように牡丹が植えられています。

ちょうどご住職が花の手入れをしていらっしゃいました。昨日の夜の風雨で咲き始めた牡丹の花が少し痛んでしまったとおっしゃっていました。

境内には牡丹だけでなく山吹やヒメシャガも植えられています。石垣にはへばりつくようにしてタツナミソウが紫の花をつけています。春は桜だけじゃないなぁ。山吹の黄色やシャガの薄紫色は木漏れ日を受けて色がよりいっそう鮮やかに見えました。

本堂の周りの水溜りや溝にはイモリとメダカがたくさんいて蛙がもうコロコロと鳴いていました。大きなヤンマのヤゴもいました。
長保寺は紀州徳川家の菩提寺なので本堂裏の山中に大きな藩主廟所が作られています。万が一の時の陣地として利用する事を想定したためか石垣は物々しく、墓というより山城跡と言った方がしっくりきます。
墓の前には「誰それの墓」と立て札が立っています。

なぜか二代・光貞の墓だけ写真付きでした。でもどう見ても俳優の大滝秀治さんです。いいんか。
廟所はうっそうとした森の中にあるためか、ちょっと忘れられた寂しい感じがしました。お墓の周りには浦島草が群生していて釣り糸を垂れたような茶色の花をたくさん咲かせていました。
8代将軍吉宗と14代将軍の家茂は将軍となったためお墓は東京にあるそうです。

こちらは廟所の出口の門。山吹がきれいでした。
境内をぐるっと一周してからは閉門までめいめい好きな場所に散ってスケッチしました。牡丹が植えられている石垣近くの白い壁を描きました。

閉門の時間ぐらいに合評するでもなく3人で絵を並べて見ました。学生時代の写生合宿を思い出して懐かしかったです。
今日は一日中長保寺で過ごしましたが、だらけたり花を見たりスケッチしたりと楽しかった。また友達揃ってどっか絵を描きに行くのもいいなと思いました。
うつう人
先月から週一ぐらいで全く眠れない日がありました。
次の日ボーっとして仕事が辛いけど、そのうち治るだろうと思っていたら最近だんだん全く眠れない日が増えてきました。
特になんの悩み事もないけど何故眠れないのか気になるし、眠れないのは翌日辛い。という訳で今日は心療内科に行って診てもらいました。
心療内科に行くのは全く初めてなので、病院の扉を開けるのはちょっと緊張した。扉の向こうには深刻な顔をした患者さんがいたりとか、もっと重い雰囲気が漂っているのかと思ったら普通でした。
受付を済ませて待っていると看護婦のおばちゃんが問診表を持ってきました。現在の症状、いつからそうなったか、家族構成、学歴・職歴、職業、その他症状が主な記入事項でした。今まで歯医者と耳鼻咽喉科しか行ったことがないのであんまり他とは比べられないけど、家族構成や職歴・学歴記入欄があるのはおどろいた。履歴書みたいだな。
問診表書き終わると次に看護婦さんが持ってきたのは心理テストでした。100問ぐらいのが一枚と、20問ぐらいの一枚の計二枚。
普通、内科だったら聴診器で心音聞いたり脈はかったりして体の状態を診ます。心療内科みたいな精神系はどうやるのかなと思ってましたが心理テストで状態を知るのか!となんか納得しました。
心理テストの内容は100問の方は質問に「はい・いいえ」で答える2択式。20問の方は質問に対して「全くない・時々・ふつう・よく・頻繁に」のいずれかにマルを囲む方式でした。
質問の内容は「いつもよく眠れますか?」とか「人前ではあがったり、顔が赤くなったりしますか」「朝は気分がいいですか?」といった内容です。でも質問の中に「自分が死ねば周りが幸せになると思いますか?」とか「いつも死にたいと思いますか?」とか、かなり重大なのもありました。
心理テストをやり終わってしばらくすると名前を呼ばれたので診察室へ。診察室は細長いベットと椅子があるぐらいで別に何か記憶に残るような珍しいものはありませんでした。
先生に「夜よく眠れません。」と言ったら「じゃ睡眠薬出しましょう」と診察は50秒ぐらいでで終わってしまいました。
後、先生は私が問診表の備考欄に記入した「汗をよくかく」という部分が気になるのかしきりに「どんな時に汗をかきますか?」「どんな感じで汗ですか?」と細かく聞いてくださいました。
いろいろ聞かれて先生が下した診断は「ただの汗かきで異常なし」でした。
診察が終わってから薬をもらうので待合室で待っていました。待ってる間雑誌でも見ようと本棚に近づいたら、週刊誌と新聞に混じって「メンタルヘルスシリーズ 自殺」とか「うつ病になった」というタイトルの本がずらっと並んでいました。
目医者だったら眼病やコンタクトレンズの本、歯医者だったら虫歯予防の本だったり、医者の専門書が置いていて普通だけど心療内科に置いてるはちょっと重いタイトルだ。
診察料を払って(千円ちょいでした)外に出たらなんかほっとしました。
結局自分は汗かきという事が分かっただけで、何故眠れなくなったのか理由は分かりませんでしたがまぁどうってことはなく安心でした。
待合室にいたシャツがはみ出たおっちゃんや神妙な顔で座ってる女の人もなんか色々あるんだろうなぁと思って家に帰りました。
次の日ボーっとして仕事が辛いけど、そのうち治るだろうと思っていたら最近だんだん全く眠れない日が増えてきました。
特になんの悩み事もないけど何故眠れないのか気になるし、眠れないのは翌日辛い。という訳で今日は心療内科に行って診てもらいました。

心療内科に行くのは全く初めてなので、病院の扉を開けるのはちょっと緊張した。扉の向こうには深刻な顔をした患者さんがいたりとか、もっと重い雰囲気が漂っているのかと思ったら普通でした。
受付を済ませて待っていると看護婦のおばちゃんが問診表を持ってきました。現在の症状、いつからそうなったか、家族構成、学歴・職歴、職業、その他症状が主な記入事項でした。今まで歯医者と耳鼻咽喉科しか行ったことがないのであんまり他とは比べられないけど、家族構成や職歴・学歴記入欄があるのはおどろいた。履歴書みたいだな。
問診表書き終わると次に看護婦さんが持ってきたのは心理テストでした。100問ぐらいのが一枚と、20問ぐらいの一枚の計二枚。
普通、内科だったら聴診器で心音聞いたり脈はかったりして体の状態を診ます。心療内科みたいな精神系はどうやるのかなと思ってましたが心理テストで状態を知るのか!となんか納得しました。
心理テストの内容は100問の方は質問に「はい・いいえ」で答える2択式。20問の方は質問に対して「全くない・時々・ふつう・よく・頻繁に」のいずれかにマルを囲む方式でした。
質問の内容は「いつもよく眠れますか?」とか「人前ではあがったり、顔が赤くなったりしますか」「朝は気分がいいですか?」といった内容です。でも質問の中に「自分が死ねば周りが幸せになると思いますか?」とか「いつも死にたいと思いますか?」とか、かなり重大なのもありました。
心理テストをやり終わってしばらくすると名前を呼ばれたので診察室へ。診察室は細長いベットと椅子があるぐらいで別に何か記憶に残るような珍しいものはありませんでした。
先生に「夜よく眠れません。」と言ったら「じゃ睡眠薬出しましょう」と診察は50秒ぐらいでで終わってしまいました。
後、先生は私が問診表の備考欄に記入した「汗をよくかく」という部分が気になるのかしきりに「どんな時に汗をかきますか?」「どんな感じで汗ですか?」と細かく聞いてくださいました。
いろいろ聞かれて先生が下した診断は「ただの汗かきで異常なし」でした。

診察が終わってから薬をもらうので待合室で待っていました。待ってる間雑誌でも見ようと本棚に近づいたら、週刊誌と新聞に混じって「メンタルヘルスシリーズ 自殺」とか「うつ病になった」というタイトルの本がずらっと並んでいました。
目医者だったら眼病やコンタクトレンズの本、歯医者だったら虫歯予防の本だったり、医者の専門書が置いていて普通だけど心療内科に置いてるはちょっと重いタイトルだ。
診察料を払って(千円ちょいでした)外に出たらなんかほっとしました。
結局自分は汗かきという事が分かっただけで、何故眠れなくなったのか理由は分かりませんでしたがまぁどうってことはなく安心でした。
待合室にいたシャツがはみ出たおっちゃんや神妙な顔で座ってる女の人もなんか色々あるんだろうなぁと思って家に帰りました。

ここらへんで
春の月
ぼんやり2階の窓から夜空をなんとなくながめていると、お宮さんの椎の木の枝の間から冷たいオレンジ色の光がもれていました。しばらくすると森の端がボエーっと青黄色く染まっておぼろな月が出ました。
満月ではなく、上のほうがぼんやり欠けたお月さんです。
普段あまり夜空を見ないけど、ぼんやりした春の月もいいなと思いました。小学校だか中学校の音楽の時間にならった「おぼろ月夜」と「荒城の月」のメロディーと歌詞が思い浮かびましたがうろ覚えです。
満月ではなく、上のほうがぼんやり欠けたお月さんです。
普段あまり夜空を見ないけど、ぼんやりした春の月もいいなと思いました。小学校だか中学校の音楽の時間にならった「おぼろ月夜」と「荒城の月」のメロディーと歌詞が思い浮かびましたがうろ覚えです。





