木炭
100号+26cmパネル、地塗りもしっかりしたし、ドーサもきっちり塗った(色を塗った時滲んだり、下書きで地塗りがはげないように地塗りが完了してからも塗ってます。)のでただ今木炭で下書き中です。ホントだったら大下図描いてパネルに写して骨描きして・・・という手順が普通だろうけどなぁ。
それにしても、描く時にでる木炭の粉がすごい。この粉を集めて固めたらまた一本の木炭になるかもしれん。使い方が悪いのかな。とにかく描く時吸い込む木炭の粉で鼻の穴が黒くなりそう。花粉の飛ぶ時期だし木炭の粉との合わせ技で花粉症にならないか心配だ。
ぼちぼちがんばります。
それにしても、描く時にでる木炭の粉がすごい。この粉を集めて固めたらまた一本の木炭になるかもしれん。使い方が悪いのかな。とにかく描く時吸い込む木炭の粉で鼻の穴が黒くなりそう。花粉の飛ぶ時期だし木炭の粉との合わせ技で花粉症にならないか心配だ。
ぼちぼちがんばります。
和歌山県 太地町くじらの博物館
和歌山県東牟婁郡太地町 くじらの博物館にいってきました。訪れたのは実に18年ぶりです。
太地町は昔から捕鯨で有名な町で日本の古式捕鯨発祥の地ともいわれています。(太地町のお隣は那智の滝で有名な那智勝浦町)町も観光にクジラをメインに持ってきおり、くじら博物館も資料・クジラの生態に関する展示では世界一のスケールを誇るそうです。
一歩足を踏み入れれば市役所のような建物の中に中学校の理科室のようなクジラの展示室が!
クジラの臓器・生殖器・胎児のホルマリン漬も18年前に見たまま変わっていませんでした。でも標本の表面がちょっとホルマリンに溶け出していました。10数年寝かされてかなり醸造されています。

吹き抜けのホールからは実物大のクジラの模型が顔を覗かせています。そしてその上には今まさにクジラを仕留めんとするオッサンたちが!

見よ。このオッサン達の熱い表情を!

なんでこんなに露骨な肌色やねん!と思わず突っ込みたくなります。
図解・クジラの生態。クジラの目がいっちゃてるのに絵師のセンスを感じます。


くじら博物館ではクジラの生態展示の他に捕鯨の様子の移り変わりをジオラマ(電動。船とクジラの模型が微妙に動く。)を使って分かりやすく展示しています。
こちらは技術の進歩した現代の捕鯨の様子。

船を拡大してみると・・・

・・・スーツ姿のサラリーマンが乗ってる!めちゃ現代って感じする!ってか普通船にサラリーマンは乗らんやろ。
そんなこんなでいつになくハイテンションのままラッコの給餌タイムがやってきたのでラッコ館へ。(クジラ博物館は博物館の他にラッコ館、海洋水族館、イルカプールが併設されている。)
館内のお客さんもラッコのショーを見に集まってきました。ここのラッコは人好きなのかしきりにお客さんのいるガラスに顔をこすり付けてはガラスに付着した藻で顔を緑色にしています。
そしてとうとうラッコショータイムです。夜のコンビニにいそうなお姉さんが無言で現れ、ラッコにイカを無言で配り始めました。さっきまで愛想を振りまいていたラッコもイカに必死で全然こちらを向いてくれません。なんで貝をやらないのか。貝割る所を見たかったのに。ラッコだったら貝食えよ。と思ったけど、これはラッコの給餌であってラッコショーじゃないんだと自分に言い聞かせて自分を納得させました。
ラッコ館の隣には海洋水族館があります。砂を敷き石を数個並べただけの背景が青一色の水槽に熊野灘の魚が飼われています。なんか京都の竜安寺の石庭を思わせました。こんなところで「わび・さび」の文化を感じさせるとは。なかなかのハイクオリティーに感じ入りました。
ちなみにくじら博物館ではクジラとシャチのショーもやっています。ショーの時間も5分程度で動物に無理をさせない優しい感じ。
クジラもシャチも博物館裏の入江で放し飼いです。


入江の水はとても澄んでるし、勝手に天然の魚が紛れ込んでたりして、こういうのどかな風景は都市の水族館ではあまり見られません。
シャチも人懐こいので側を通るとお腹を見せて寄ってきます。
昔シャチをアドベンチャーワールドで見たときその大きさと迫力にびっくりさせられたけど10数年ぶりに見たシャチもやっぱり大きくて驚いた。このシャチで体長6メートル、体重は3トンあるそうです。
結局くじら博物館は閉館前ぐらいまで居てしまいました。隣の親子連れも「案外面白かったね」と満足そうでした。クジラ博物館はこれからもゆるい感じでがんばって欲しいものです。
そして今日は往復含めて500キロ走行しました。日帰りでは今日が一番遠かった。

太地町は昔から捕鯨で有名な町で日本の古式捕鯨発祥の地ともいわれています。(太地町のお隣は那智の滝で有名な那智勝浦町)町も観光にクジラをメインに持ってきおり、くじら博物館も資料・クジラの生態に関する展示では世界一のスケールを誇るそうです。
一歩足を踏み入れれば市役所のような建物の中に中学校の理科室のようなクジラの展示室が!
クジラの臓器・生殖器・胎児のホルマリン漬も18年前に見たまま変わっていませんでした。でも標本の表面がちょっとホルマリンに溶け出していました。10数年寝かされてかなり醸造されています。

吹き抜けのホールからは実物大のクジラの模型が顔を覗かせています。そしてその上には今まさにクジラを仕留めんとするオッサンたちが!

見よ。このオッサン達の熱い表情を!


なんでこんなに露骨な肌色やねん!と思わず突っ込みたくなります。
図解・クジラの生態。クジラの目がいっちゃてるのに絵師のセンスを感じます。


くじら博物館ではクジラの生態展示の他に捕鯨の様子の移り変わりをジオラマ(電動。船とクジラの模型が微妙に動く。)を使って分かりやすく展示しています。
こちらは技術の進歩した現代の捕鯨の様子。

船を拡大してみると・・・

・・・スーツ姿のサラリーマンが乗ってる!めちゃ現代って感じする!ってか普通船にサラリーマンは乗らんやろ。
そんなこんなでいつになくハイテンションのままラッコの給餌タイムがやってきたのでラッコ館へ。(クジラ博物館は博物館の他にラッコ館、海洋水族館、イルカプールが併設されている。)
館内のお客さんもラッコのショーを見に集まってきました。ここのラッコは人好きなのかしきりにお客さんのいるガラスに顔をこすり付けてはガラスに付着した藻で顔を緑色にしています。
そしてとうとうラッコショータイムです。夜のコンビニにいそうなお姉さんが無言で現れ、ラッコにイカを無言で配り始めました。さっきまで愛想を振りまいていたラッコもイカに必死で全然こちらを向いてくれません。なんで貝をやらないのか。貝割る所を見たかったのに。ラッコだったら貝食えよ。と思ったけど、これはラッコの給餌であってラッコショーじゃないんだと自分に言い聞かせて自分を納得させました。
ラッコ館の隣には海洋水族館があります。砂を敷き石を数個並べただけの背景が青一色の水槽に熊野灘の魚が飼われています。なんか京都の竜安寺の石庭を思わせました。こんなところで「わび・さび」の文化を感じさせるとは。なかなかのハイクオリティーに感じ入りました。

ちなみにくじら博物館ではクジラとシャチのショーもやっています。ショーの時間も5分程度で動物に無理をさせない優しい感じ。
クジラもシャチも博物館裏の入江で放し飼いです。


入江の水はとても澄んでるし、勝手に天然の魚が紛れ込んでたりして、こういうのどかな風景は都市の水族館ではあまり見られません。
シャチも人懐こいので側を通るとお腹を見せて寄ってきます。

昔シャチをアドベンチャーワールドで見たときその大きさと迫力にびっくりさせられたけど10数年ぶりに見たシャチもやっぱり大きくて驚いた。このシャチで体長6メートル、体重は3トンあるそうです。
結局くじら博物館は閉館前ぐらいまで居てしまいました。隣の親子連れも「案外面白かったね」と満足そうでした。クジラ博物館はこれからもゆるい感じでがんばって欲しいものです。
そして今日は往復含めて500キロ走行しました。日帰りでは今日が一番遠かった。
ウグイス初鳴き
今朝ウグイスの初鳴きを聞きました。まだ鳴きなれてないのか下手くそです。でも聞けてうれしい。
今年は暖冬のせいかフキノトウがもう満開です。そして寒さでいつもはうまく育たない菜の花が大豊作です。漬物、おひたし、てんぷらなどで毎日楽しんでいます。菜の花は精が強いので食べると吹き出物が出ます。
もうすぐツクシも出るし、ワラビやウド・タラの芽も出てきます(まだちょっと早いけど)
今年もいっぱい食べて、たくさん顔に吹き出物をこしらえたいと思います。
今年は暖冬のせいかフキノトウがもう満開です。そして寒さでいつもはうまく育たない菜の花が大豊作です。漬物、おひたし、てんぷらなどで毎日楽しんでいます。菜の花は精が強いので食べると吹き出物が出ます。
もうすぐツクシも出るし、ワラビやウド・タラの芽も出てきます(まだちょっと早いけど)
今年もいっぱい食べて、たくさん顔に吹き出物をこしらえたいと思います。
胡粉で地塗り
伊勢旅行 二日目
伊勢旅行二日目。今日は午前中に伊勢神宮外宮近くにある河崎という古い町並みを訪ね、午後からはちょうど今日十一面観音のご開帳がある近長谷寺と田宮寺をまわる予定。
朝8時半に宿を出発。9時過ぎに河崎到着。河崎は伊勢にお参りするおかげ参りの人々で江戸時代に大繁栄した街です。
町並みの横には勢田川流れており水運を利用した交易が盛んだったそうです。現在トラックが水運にとって代わってから河崎の町は寂れてしまったそうですが、かつて繁栄した時の面影を今もいたるところに見つけることが出来ます。
町中にある伊勢河崎商人館は老舗の酒問屋を修復したもので中を見学する事ができます。この酒問屋も本当は取り壊されてマンションになる予定だったそうですが地元の人達の運動で取り壊しを免れ記念館として公開されています。事務局の方に聞くと昭和50年代までは川辺の家もたくさん残っていたそうですが、川の護岸工事のためほとんどが取り壊されてしまったとのこと。大正時代の当時の写真も見せてもらいましたがこの町並みが今でも残っていたら本当に素晴らしかっただろうにと思いました。
日本の古い町並みはほとんど平入りですが、河崎は屋根のシルエットがノコギリの歯のような妻入りの町並みです。(後で調べると伊勢神宮の御正殿の平入りに遠慮して妻入りにしたそうです。)黒く塗られた外囲いがどっしりとしてカッコイイ。時間も少し余裕があったので河崎の川辺をスケッチしました。
午後1時に河崎を後にして十一面観音のご開帳を拝観するため田宮寺に向いました。観音日なので田宮寺はお祭りの最中。十一面観音像は・・・遠くてよく拝めませんでした。
2時ごろ遅めの昼食をとり近長谷寺へ。伊勢の観音様は奈良の長谷寺のご本尊の十一面観音立像スタイルの十一面観音像が点在しています。このお寺の観音様も長谷寺スタイル。田宮寺も長谷寺スタイル。なぜだ。
近長谷寺へ行く途中、普賢菩薩と十一面観音をおまつりする普賢寺に立ち寄りました。普賢菩薩坐像は平安初期の作で重文です。平安初期らしくお顔立ちのハッキリした肉感のある仏様です。京都の東寺の普賢菩薩と作風が似ているので作者が師弟関係にあったのではと考えられているそうです。平安初期の仏像は大好きです。
お寺の方が今日は特別に京都の美術院が普賢菩薩像を修復した時の修繕箇所を記載した図や修復・耐震補強を行った時の写真を見せて下さいました。すごく貴重な体験ができて嬉しい。
これはお寺でいたネコ。
その後十一面観音を拝観してお寺を出たら3時過ぎ。急がないと近長谷寺のご開帳が終わってしまいそう。
そんな中、もう一つ金剛座寺というお寺にも立ち寄りました。お寺へ続く参道がいい感じだったのでなんとなく立ち寄ったのですが、そこのご住職がものすごく熱心な方でした。20年間東京でお仕事をしながら仏教を勉強、比叡山で 阿闍梨の戒を受け10年前に無住だった金剛座寺の住職となりお寺の中興に励んでいるそうです。普通お寺は世襲制と思っていましたがこんな熱心な方が住職になればもっと他の寺も面白くなるのにと思いました。
お寺の歴史、仏教美術のことなど色々しゃべるうちに気が付けばもう日没になっていました。最後に金剛座寺の山頂の展望台に案内してもらいました。夕暮れの伊勢湾がとてもきれいでした。
そんなこんなで結局近長谷寺には参拝できませんでしたが伊勢旅行2日目は寄り道した所が全部面白かった。
夕方5時半に金剛座寺を出発。自宅には夜8時ごろ到着。一泊二日の短い旅でしたがなかなか収穫のある旅でした。というわけでおわり。
朝8時半に宿を出発。9時過ぎに河崎到着。河崎は伊勢にお参りするおかげ参りの人々で江戸時代に大繁栄した街です。

町並みの横には勢田川流れており水運を利用した交易が盛んだったそうです。現在トラックが水運にとって代わってから河崎の町は寂れてしまったそうですが、かつて繁栄した時の面影を今もいたるところに見つけることが出来ます。

町中にある伊勢河崎商人館は老舗の酒問屋を修復したもので中を見学する事ができます。この酒問屋も本当は取り壊されてマンションになる予定だったそうですが地元の人達の運動で取り壊しを免れ記念館として公開されています。事務局の方に聞くと昭和50年代までは川辺の家もたくさん残っていたそうですが、川の護岸工事のためほとんどが取り壊されてしまったとのこと。大正時代の当時の写真も見せてもらいましたがこの町並みが今でも残っていたら本当に素晴らしかっただろうにと思いました。

日本の古い町並みはほとんど平入りですが、河崎は屋根のシルエットがノコギリの歯のような妻入りの町並みです。(後で調べると伊勢神宮の御正殿の平入りに遠慮して妻入りにしたそうです。)黒く塗られた外囲いがどっしりとしてカッコイイ。時間も少し余裕があったので河崎の川辺をスケッチしました。

午後1時に河崎を後にして十一面観音のご開帳を拝観するため田宮寺に向いました。観音日なので田宮寺はお祭りの最中。十一面観音像は・・・遠くてよく拝めませんでした。
2時ごろ遅めの昼食をとり近長谷寺へ。伊勢の観音様は奈良の長谷寺のご本尊の十一面観音立像スタイルの十一面観音像が点在しています。このお寺の観音様も長谷寺スタイル。田宮寺も長谷寺スタイル。なぜだ。
近長谷寺へ行く途中、普賢菩薩と十一面観音をおまつりする普賢寺に立ち寄りました。普賢菩薩坐像は平安初期の作で重文です。平安初期らしくお顔立ちのハッキリした肉感のある仏様です。京都の東寺の普賢菩薩と作風が似ているので作者が師弟関係にあったのではと考えられているそうです。平安初期の仏像は大好きです。
お寺の方が今日は特別に京都の美術院が普賢菩薩像を修復した時の修繕箇所を記載した図や修復・耐震補強を行った時の写真を見せて下さいました。すごく貴重な体験ができて嬉しい。
これはお寺でいたネコ。

その後十一面観音を拝観してお寺を出たら3時過ぎ。急がないと近長谷寺のご開帳が終わってしまいそう。
そんな中、もう一つ金剛座寺というお寺にも立ち寄りました。お寺へ続く参道がいい感じだったのでなんとなく立ち寄ったのですが、そこのご住職がものすごく熱心な方でした。20年間東京でお仕事をしながら仏教を勉強、比叡山で 阿闍梨の戒を受け10年前に無住だった金剛座寺の住職となりお寺の中興に励んでいるそうです。普通お寺は世襲制と思っていましたがこんな熱心な方が住職になればもっと他の寺も面白くなるのにと思いました。
お寺の歴史、仏教美術のことなど色々しゃべるうちに気が付けばもう日没になっていました。最後に金剛座寺の山頂の展望台に案内してもらいました。夕暮れの伊勢湾がとてもきれいでした。

そんなこんなで結局近長谷寺には参拝できませんでしたが伊勢旅行2日目は寄り道した所が全部面白かった。
夕方5時半に金剛座寺を出発。自宅には夜8時ごろ到着。一泊二日の短い旅でしたがなかなか収穫のある旅でした。というわけでおわり。
伊勢旅行一日目
伊勢旅行に行ってきました。一泊二日で伊勢周辺の町並みを見たりお寺にお参りしたりする予定です。18日はちょうど観音日なので秘仏のご開帳もあるかもしれません。
一日目
朝5時半に出発。今日は午前中に鳥羽水族館を見て、午後は朝熊山の金剛證寺を参拝するつもり。
午前8時
はりきって朝早く出発したのでもう鳥羽水族館についてしまった。水族館は開館が9時なのでそれまでやることがない。近くの喫茶店で朝ごはんを食べて時間をつぶす。
午前9時
水族館開館。一番乗りと思ってたらもう20人ほどお客が来てた。入場券を購入。入り口のメガマウスザメ(口がめちゃくちゃでかいサメ)の剥製と記念写真を撮って館内見学。
ラッコ。寝ていました。

おじいちゃん。水槽の魚にうっとり。

マナティー。正面から見ると口がおしりの形です。

黄色いフグ。色鮮やかで見てると目がチカチカします。

ガマさん。右のガマの頭の上に乗ってる黄色い物は葉っぱです。

水槽のスナメリはお客さんにかまってもらいたいのかガラスに鼻をくっつけたりして愛想を振りまいていました。水族館の海獣ショーで初めてセイウチに触りました。ひげは硬く体は弾力があってゴムまりみたいでした。
他によちよち歩くもペンギンの行進やえさが欲しいペリカンなど見所たくさんで面白かった。
水族館のショーも全部見て展示水槽をかなりじっくり見てまわったので水族館を出たのは午後1時。水族館近くの昭和の観光地のにおいが残る旅館街で昼食。ご飯を食べてから朝熊山の金剛證寺へ。
朝熊山の金剛證寺は伊勢神宮の鬼門にあたる1400年の歴史がある弘法大師ゆかりの寺です。本堂の摩尼殿は、国の重要文化財に指定されています。内陣は現在400年ぶりに参拝者に公開されていますが、内陣は柱から天蓋にいたるまでキンキラキンでした。個人的には床に敷いていたホットカーペットがありがたかった。ただあいにくの雨のためか参拝客はほぼゼロ。行き道の伊勢志摩スカイラインは有料だし伊勢神宮がメジャーなのであまり訪れる人がいないのか。
ところで金剛證寺には死者の魂が集まってくる場所という事で奥の院には霊を供養するためのたくさんの卒塔婆が立っています。

大きさも人の身長をはるかに超えた大きなものばかりです。隙間なくびっしりと並べられた卒塔婆は遠くから見ると一枚の壁に見えます。それが参道にそってずっと続いていきます。
卒塔婆は風雨にさらされて時代が経たものに見えますが書かれた年代をみると全部平成10年以降のものでした。(あとで調べると6年ごとに入れ替わるそうです)卒塔婆どうしはすごく大きいので針金などでお互いを固定しています。新しい卒塔婆にはその針金に故人の大切にしていた人形、杖などの遺品がかけられていました。雨が降っていたせいか奥の院には異世界の雰囲気が漂っていました。
朝熊山を後にして時計をみると4時頃。最後に伊勢神宮の内宮にお参りしました。時間も結構遅いし雨足も強くなってきたのにもかかわらず伊勢神宮は多くの参拝客で賑わっていました。伊勢神宮の社殿は20年に一度建て直されますがその関係のお祭りがあるのか宮司さんの行列に出会いました。
伊勢神宮は何度もお参りしているけれどいつ来ても神聖で厳格な雰囲気があります。お参りするときも背筋がシャンとします。普通神社は朱塗りの鮮やかなものが多いけど伊勢神宮の社殿はは白木で出来ています。それに真っ白の玉砂利が敷き詰められて清々しさを感じます。
参拝後はおかげ横丁をちょっとだけ歩きました。赤福の店は相変わらず大繁盛でした。
下はみやげもの屋の招き猫。

おかげ横丁を歩いている時雨が随分ひどくなりました。寒いし風邪をひくといけないので5時半に鳥羽水族館近くの旅館に投宿。お風呂に入って夕食を食べて明日に備えて早く寝る。
一日目
朝5時半に出発。今日は午前中に鳥羽水族館を見て、午後は朝熊山の金剛證寺を参拝するつもり。
午前8時
はりきって朝早く出発したのでもう鳥羽水族館についてしまった。水族館は開館が9時なのでそれまでやることがない。近くの喫茶店で朝ごはんを食べて時間をつぶす。
午前9時
水族館開館。一番乗りと思ってたらもう20人ほどお客が来てた。入場券を購入。入り口のメガマウスザメ(口がめちゃくちゃでかいサメ)の剥製と記念写真を撮って館内見学。
ラッコ。寝ていました。

おじいちゃん。水槽の魚にうっとり。

マナティー。正面から見ると口がおしりの形です。

黄色いフグ。色鮮やかで見てると目がチカチカします。

ガマさん。右のガマの頭の上に乗ってる黄色い物は葉っぱです。

水槽のスナメリはお客さんにかまってもらいたいのかガラスに鼻をくっつけたりして愛想を振りまいていました。水族館の海獣ショーで初めてセイウチに触りました。ひげは硬く体は弾力があってゴムまりみたいでした。

他によちよち歩くもペンギンの行進やえさが欲しいペリカンなど見所たくさんで面白かった。
水族館のショーも全部見て展示水槽をかなりじっくり見てまわったので水族館を出たのは午後1時。水族館近くの昭和の観光地のにおいが残る旅館街で昼食。ご飯を食べてから朝熊山の金剛證寺へ。
朝熊山の金剛證寺は伊勢神宮の鬼門にあたる1400年の歴史がある弘法大師ゆかりの寺です。本堂の摩尼殿は、国の重要文化財に指定されています。内陣は現在400年ぶりに参拝者に公開されていますが、内陣は柱から天蓋にいたるまでキンキラキンでした。個人的には床に敷いていたホットカーペットがありがたかった。ただあいにくの雨のためか参拝客はほぼゼロ。行き道の伊勢志摩スカイラインは有料だし伊勢神宮がメジャーなのであまり訪れる人がいないのか。
ところで金剛證寺には死者の魂が集まってくる場所という事で奥の院には霊を供養するためのたくさんの卒塔婆が立っています。

大きさも人の身長をはるかに超えた大きなものばかりです。隙間なくびっしりと並べられた卒塔婆は遠くから見ると一枚の壁に見えます。それが参道にそってずっと続いていきます。

卒塔婆は風雨にさらされて時代が経たものに見えますが書かれた年代をみると全部平成10年以降のものでした。(あとで調べると6年ごとに入れ替わるそうです)卒塔婆どうしはすごく大きいので針金などでお互いを固定しています。新しい卒塔婆にはその針金に故人の大切にしていた人形、杖などの遺品がかけられていました。雨が降っていたせいか奥の院には異世界の雰囲気が漂っていました。
朝熊山を後にして時計をみると4時頃。最後に伊勢神宮の内宮にお参りしました。時間も結構遅いし雨足も強くなってきたのにもかかわらず伊勢神宮は多くの参拝客で賑わっていました。伊勢神宮の社殿は20年に一度建て直されますがその関係のお祭りがあるのか宮司さんの行列に出会いました。

伊勢神宮は何度もお参りしているけれどいつ来ても神聖で厳格な雰囲気があります。お参りするときも背筋がシャンとします。普通神社は朱塗りの鮮やかなものが多いけど伊勢神宮の社殿はは白木で出来ています。それに真っ白の玉砂利が敷き詰められて清々しさを感じます。
参拝後はおかげ横丁をちょっとだけ歩きました。赤福の店は相変わらず大繁盛でした。
下はみやげもの屋の招き猫。

おかげ横丁を歩いている時雨が随分ひどくなりました。寒いし風邪をひくといけないので5時半に鳥羽水族館近くの旅館に投宿。お風呂に入って夕食を食べて明日に備えて早く寝る。
朴の葉と蝶
奈良県 斑鳩の里 はぐれウォーク純情派
今日はのんびり斑鳩を散歩。奈良県の斑鳩の里や明日香村・山の辺の道は空が広いし、歩いているだけでもお寺や石碑があって歴史を感じさせてくれます。
この地域を歩いていると、いたるところにお地蔵さんがまとまっておまつりされてるのを発見します。お顔が風化してる所を見ると大分時代のたってるものなのでしょうか。
今日は法輪寺と中宮寺の仏像を拝観して法隆寺の境内を散策しました。でも、いつもは静かな斑鳩の里だけれど今日は毎日放送主催のラジオウォークがあったためなんか人が多かった。多分2、3千人はいたような気がする。その中にきっと浜村淳もいたはずだ。
いつもと違う賑やかな斑鳩の里でしたが、まぁこういう日もアリかなと思って面白かったです。

この地域を歩いていると、いたるところにお地蔵さんがまとまっておまつりされてるのを発見します。お顔が風化してる所を見ると大分時代のたってるものなのでしょうか。
今日は法輪寺と中宮寺の仏像を拝観して法隆寺の境内を散策しました。でも、いつもは静かな斑鳩の里だけれど今日は毎日放送主催のラジオウォークがあったためなんか人が多かった。多分2、3千人はいたような気がする。その中にきっと浜村淳もいたはずだ。
いつもと違う賑やかな斑鳩の里でしたが、まぁこういう日もアリかなと思って面白かったです。
和歌山県 串本・大島の水門祭
和歌山県・串本に行きました。大島という島で水門(みなと)祭りという伝統行事が行われるという事でそれを見に行くのが目的です。遠出という事もありお弁当を作って朝10時に出発しました。高速道路で行けば1時までには着けるでしょう。
けれども高速道路は南部梅林に行く人や白浜アドベンチャーワールドへ行く人々でこの時期には珍しく大渋滞でした。やむなく海南インターで高速をおりて山道で行くことにしました。(距離は倍あるけれど梅が満開だし山里の風景は春めく感じでウキウキしました。和歌山の石垣の連なる水田や家の佇まい、きれいな青く澄んだ川の風景は本当に好きです。)
串本に着いたのは午後2時半。出発して4時間たっていました。串本海中公園の庭で海を見ながらお弁当を食べ大島に着いたのは3時頃でした。
水門祭りは、神社の祭神「誉田別命(ほむだわけのみこと)」が謀反者を成敗するため、南海に出船して大島の南にある小島で一夜を明かした際、住民が舟で迎え入れたという伝承を再現したものだそうです。豊漁や商売繁盛を祈願するそうです。

祭りは弓を射ったり、船で沖へ漕ぎ出したり故事にならっていろいろな行事を行うそうですが、私たちの着いた頃はだいたいの行事は終わっていてちょうど神楽が奉納されている所でした。
観光という雰囲気はなく島の人々がみんな集まって楽しんでいるほのぼのした様子が良かったです。
地面にたくさんの紙ふぶきや木の葉や枝が掃きかためられていました。なんか盛大な祭りであったことを感じさせました。祭りの最後の方しか見ることは出来ませんでしたが、祭りが島の人々に大切にされているという雰囲気は感じる事ができました。
この写真は水門神社社の参道の階段から入江を見下ろした所。

帰りはきっとまた混むだろうから、潮岬によって混みそうな時間をずらして帰りました。5時半ごろに潮岬を出て家に着くと夜の12時前でした。疲れたけどちょっと旅行した気分になりました。
けれども高速道路は南部梅林に行く人や白浜アドベンチャーワールドへ行く人々でこの時期には珍しく大渋滞でした。やむなく海南インターで高速をおりて山道で行くことにしました。(距離は倍あるけれど梅が満開だし山里の風景は春めく感じでウキウキしました。和歌山の石垣の連なる水田や家の佇まい、きれいな青く澄んだ川の風景は本当に好きです。)
串本に着いたのは午後2時半。出発して4時間たっていました。串本海中公園の庭で海を見ながらお弁当を食べ大島に着いたのは3時頃でした。
水門祭りは、神社の祭神「誉田別命(ほむだわけのみこと)」が謀反者を成敗するため、南海に出船して大島の南にある小島で一夜を明かした際、住民が舟で迎え入れたという伝承を再現したものだそうです。豊漁や商売繁盛を祈願するそうです。

祭りは弓を射ったり、船で沖へ漕ぎ出したり故事にならっていろいろな行事を行うそうですが、私たちの着いた頃はだいたいの行事は終わっていてちょうど神楽が奉納されている所でした。

観光という雰囲気はなく島の人々がみんな集まって楽しんでいるほのぼのした様子が良かったです。

地面にたくさんの紙ふぶきや木の葉や枝が掃きかためられていました。なんか盛大な祭りであったことを感じさせました。祭りの最後の方しか見ることは出来ませんでしたが、祭りが島の人々に大切にされているという雰囲気は感じる事ができました。
この写真は水門神社社の参道の階段から入江を見下ろした所。

帰りはきっとまた混むだろうから、潮岬によって混みそうな時間をずらして帰りました。5時半ごろに潮岬を出て家に着くと夜の12時前でした。疲れたけどちょっと旅行した気分になりました。
F100号水張り
いつもB2パネルの大きさに描いてばかりなのでちょっと大きいのも描きたくなってきました。だから今日はF100号水張りした。でももう少し長さが欲しいので付け足しのパネル作らないと。明日はホームセンターで木材買って来ようっと。
それにしても描きかけの絵もまだ何枚かあるし、きちんと一枚一枚完成していくようにしないとにゃー。
それにしても描きかけの絵もまだ何枚かあるし、きちんと一枚一枚完成していくようにしないとにゃー。
春っぽい
朴の葉
滋賀県 彦根城
先週姫路城に行ってから無性に彦根城に行きたくなったので、今日は彦根城に行きました。約4年ぶりの再訪です。
彦根城の天守閣は姫路城と比べると大分小さく華麗さはありませんが実践的な感じがします。天井の梁なんかどうやって組んだのだろうと思います。そして何より好きなのが穴太衆が造った牛蒡積の石垣です。石を切らずに本来の形を生かして組んで行くやり方ですがすごく頑丈だそうです。石垣もリズムがあってすごいなぁと思います。滋賀県坂本の石垣や和歌山城の石垣も穴太衆が積んでいます。
彦根城の天守閣からの琵琶湖の眺めは素晴らしかったです。天気が良かったので琵琶湖が真っ青でかなたに雪の積もった白い山が連なっています。琵琶湖の水面の白い波が白鳥のようでした。昔の人もこれと同じ風景を見たのかなぁと思いました。
けれど4年前は田んぼが広がっていた風景がほとんど宅地になっていました。琵琶湖の風景は変わらないけど陸地の風景はどんどん変わっていきます。
他にも玄宮園(庭園)や付属の博物館などを見学しました。お堀が水鳥の巣になっているのか石垣にカモがいっぱい乗っかって日向ぼっこしていました。
彦根城の天守閣は姫路城と比べると大分小さく華麗さはありませんが実践的な感じがします。天井の梁なんかどうやって組んだのだろうと思います。そして何より好きなのが穴太衆が造った牛蒡積の石垣です。石を切らずに本来の形を生かして組んで行くやり方ですがすごく頑丈だそうです。石垣もリズムがあってすごいなぁと思います。滋賀県坂本の石垣や和歌山城の石垣も穴太衆が積んでいます。
彦根城の天守閣からの琵琶湖の眺めは素晴らしかったです。天気が良かったので琵琶湖が真っ青でかなたに雪の積もった白い山が連なっています。琵琶湖の水面の白い波が白鳥のようでした。昔の人もこれと同じ風景を見たのかなぁと思いました。
けれど4年前は田んぼが広がっていた風景がほとんど宅地になっていました。琵琶湖の風景は変わらないけど陸地の風景はどんどん変わっていきます。
他にも玄宮園(庭園)や付属の博物館などを見学しました。お堀が水鳥の巣になっているのか石垣にカモがいっぱい乗っかって日向ぼっこしていました。







