滋賀県 米原市2 醒ヶ井養鱒場
醒ヶ井の町並みを一通り歩いて、西行ゆかりの湧き水も見て、八百屋でお土産にサクランボ一盛買って時計を見たらまだ3時過ぎです。
近くの醒ヶ井養鱒場(さめがいようそんじょう)に寄ってみることにしました。
醒ヶ井の町並みを出て、丹生川を遡りながら山に入ってしばらく走ると醒ヶ井養鱒場です。
パンフレットには「醒ヶ井養鱒場は明治11年に設立され、その後種々の後施設を整備し、増殖、養殖技術の開発・研究を通して県内外のマス類の培養殖行の振興に寄与しています」との説明がありました。
とにかくマスにエサをあげられたらそれで良い。正面入り口で餌を購入(一袋50円)して入場しました。
正面入り口の川の深みには、もうすでに大きなマスが数匹泳いでいました。きれいな川には白いもやがかかっています。
正面入り口を入ってすぐの公園風の広場にはマスの巨大養殖水槽が3つありました。覗き込むと30センチぐらいのマスがぎっしり。皆、流れの方向に向って口を開けたり閉じたり無表情で泳いでいます。夕暮れ時なので水の色も深い澄んだ青色です。マスも水色っぽい鉛色です。
マスの餌を一掴みやると、さっきまでの静かな様子とは打って変わってすさまじい水しぶきを上げて食いついてきました。飢えたピラニアの給餌ショウを見ているようであまりかわいくない。
隣の釣堀では家族連れがマス釣りを楽しんでいます。これだけ飢えたマスならきっと入れ食いだろうな。と思ってみてたらそこそこしか釣れてないようでした。知能のあるマスが釣堀に飼われてるんだろうか。
マスの川に入ってふれあえる「ふれあい河川」(水が非常に冷たいので別にふれあいませんでしたが)で餌をやりつつ、道をたどって奥へと進むと巨大マス池にたどり着きました。マスがうじゃうじゃいます。色素の抜けたアルビノマスの群れもいました。
傍らを流れる鍾乳水の川にも大きなマスが悠々と泳いでます。本当にマスしかいません。
この辺まで来ると採卵場や産卵後のマスの養生水槽があったりして、公園っぽさが抜けてだんだん養殖場になってきました。バイカモを栽培してハリヨを飼育している水槽もありました。
さかな学習館前の池には、不気味な1メートル近くもある巨大魚がのっそり泳いでいます。餌をやっても見向きもしません。さかな学習館で学習した所によると、頭でっかちでのろいのがイトウ、鎧を着たみたいにいかつい格好をしているのがチョウザメでした。
飼育水槽はさらに奥へと続いているようです。ここまで来ると餌も尽きたのでまた購入しました。家族連れも見かけなくなりました。
電灯が光る親魚養成棟はなんかの実験をしているそうで、立ち入り禁止でした。
このあたりの飼育池では岩魚やアマゴが飼われています。鳥にさらわれるのを防ぐためか、池の上には網がかかっています。
ふ化場前の池には子供のマスだか岩魚だかがぎっしりです。餌をあさる群れの形や動きがタタリ神でした。
場内がもう閉まる時間が来ていたので引き返しましたが、イトウ・チョウザメ池の杉の木の上にアオサギが止まってギャーっと鳴いています。夕飯の魚を狙っているのでしょうか。
さすがのアオサギも1メートルはあるイトウはさらえまい。
近くの醒ヶ井養鱒場(さめがいようそんじょう)に寄ってみることにしました。

醒ヶ井の町並みを出て、丹生川を遡りながら山に入ってしばらく走ると醒ヶ井養鱒場です。
パンフレットには「醒ヶ井養鱒場は明治11年に設立され、その後種々の後施設を整備し、増殖、養殖技術の開発・研究を通して県内外のマス類の培養殖行の振興に寄与しています」との説明がありました。
とにかくマスにエサをあげられたらそれで良い。正面入り口で餌を購入(一袋50円)して入場しました。
正面入り口の川の深みには、もうすでに大きなマスが数匹泳いでいました。きれいな川には白いもやがかかっています。
正面入り口を入ってすぐの公園風の広場にはマスの巨大養殖水槽が3つありました。覗き込むと30センチぐらいのマスがぎっしり。皆、流れの方向に向って口を開けたり閉じたり無表情で泳いでいます。夕暮れ時なので水の色も深い澄んだ青色です。マスも水色っぽい鉛色です。

マスの餌を一掴みやると、さっきまでの静かな様子とは打って変わってすさまじい水しぶきを上げて食いついてきました。飢えたピラニアの給餌ショウを見ているようであまりかわいくない。
隣の釣堀では家族連れがマス釣りを楽しんでいます。これだけ飢えたマスならきっと入れ食いだろうな。と思ってみてたらそこそこしか釣れてないようでした。知能のあるマスが釣堀に飼われてるんだろうか。
マスの川に入ってふれあえる「ふれあい河川」(水が非常に冷たいので別にふれあいませんでしたが)で餌をやりつつ、道をたどって奥へと進むと巨大マス池にたどり着きました。マスがうじゃうじゃいます。色素の抜けたアルビノマスの群れもいました。

傍らを流れる鍾乳水の川にも大きなマスが悠々と泳いでます。本当にマスしかいません。
この辺まで来ると採卵場や産卵後のマスの養生水槽があったりして、公園っぽさが抜けてだんだん養殖場になってきました。バイカモを栽培してハリヨを飼育している水槽もありました。
さかな学習館前の池には、不気味な1メートル近くもある巨大魚がのっそり泳いでいます。餌をやっても見向きもしません。さかな学習館で学習した所によると、頭でっかちでのろいのがイトウ、鎧を着たみたいにいかつい格好をしているのがチョウザメでした。

飼育水槽はさらに奥へと続いているようです。ここまで来ると餌も尽きたのでまた購入しました。家族連れも見かけなくなりました。
電灯が光る親魚養成棟はなんかの実験をしているそうで、立ち入り禁止でした。

このあたりの飼育池では岩魚やアマゴが飼われています。鳥にさらわれるのを防ぐためか、池の上には網がかかっています。
ふ化場前の池には子供のマスだか岩魚だかがぎっしりです。餌をあさる群れの形や動きがタタリ神でした。
場内がもう閉まる時間が来ていたので引き返しましたが、イトウ・チョウザメ池の杉の木の上にアオサギが止まってギャーっと鳴いています。夕飯の魚を狙っているのでしょうか。
さすがのアオサギも1メートルはあるイトウはさらえまい。
滋賀県 米原市1 醒ヶ井の町並み
友達が滋賀県にドライブに連れてってくれました。行き先は米原市の醒ヶ井(さめがい)です。
米原というと青春19きっぷで旅行した時、岐阜へ行くための乗り継ぎ駅というだけのイメージしかありませんが、その米原駅から関ヶ原方面に一駅いくと醒ヶ井という駅があります。駅から少し行った所にバイカモの群生するきれいな川と、いい感じの古い町並みがあるそうです。
名神高速道路を滋賀県に向ってとばしていくと、滋賀県に近づくにつれて、ビルの人工建築物の風景からだんだん田んぼの風景に変わって行きます。田んぼに白い影がじっとうずくまっているのをちょくちょく見かけました。多分餌を狙うコサギだと思う。時々2匹連れ立って飛んでいました。
家も京都みたいにベンガラを塗ったのに変わってきました。大きな立派家が田園風景に佇んでいます。
米原で高速道路を降りたのは昼頃です。田んぼの畦や土手にはオレンジ色のカンゾウが花盛りです。お昼を済ませてから醒ヶ井の町並みへ向いました。
醒ヶ井は中仙道沿いに発達した宿場町です。
町並みを流れる地蔵川にはきれいな水でしか育たないバイカモが群生しています。バイカモ(梅花藻)はキンポウゲ科の多年草の水草で、7月から8月にかけて梅の花に似た白い小さな花を水面に咲かせます。
バイカモを住みかにするハリヨという珍しい魚も住んでいるそうです。
他にも日本武尊が伊吹山で荒ぶる神を退治しに行った時、発熱して大変な事になった所、この醒ヶ井の湧き水で体を冷やしたら正気を取り戻したという言い伝えのある「居醒の清水」も残されています。
JR醒ヶ井駅前の駐車場に車を置こうとしたら土曜日だからか満車でした。観光バスも数台止まっていてじいさんばあさんを吐き出しています。ちょっとびっくりした。
以前醒ヶ井はテレビで紹介されたそうで、それで観光客が増えたのかなぁと友達が言っていました。友達が初めて醒ヶ井を訪れた4年前よりもやっぱり人が増えてるみたい。
でも実際町に入ると人がバラけるのか混んだ感じは全くありませんでした。町には格子や虫籠窓のある立派な家が多く残っています。
建築家ヴォリーズのデザインした郵便局もありました。醒ヶ井の町並みからちょっと奥に入ったところのお寺には大銀杏があります。細長いのや葉っぱにギンナンをつけたりする珍しい銀杏らしいです。
川辺には野菜を洗ったり水を汲んだりするのに川に降りるための石段があります。薬缶を冷やしていたり、切ったアジサイをつけていたり、洗いかけの大根があったりしました。
流れに手を入れてみると凄く冷たかった。流れにはバイカモがかたまって生えていて、流れに合わせてゆらゆら揺れています。白い小さな花をちらほら見つけることが出来ました。川の中にはたくさんのバイカモのつぼみがありました。ハリヨを見つけることは出来ませんでしたがアブラハヤらしき魚が数匹泳いでいました。
住んでいる方々が手入れしていらっしゃるのかアジサイやヒメオウギスイセン、カラーといった夏の花がいい感じに植わっています。
街道にはザクロが多く植えられていて、目が覚めるような鮮やかな朱色の花をつけていました。鮮明な朱色と黄味がかった深緑の取り合わせが「夏が来た!」という感じがするのでザクロの花は大好きです。一重や八重、赤に白の覆輪といったバリエーションのザクロの花が咲いていました。古い民家と涼しそうな川辺にザクロの木がある風景はいいものです。
流れの淀みにタコウインナーがたくさん集まっていました。よく見るとザクロの花のガクでした。
居醒の清水は町の一番奥にありました。神社があって木も鬱蒼としています。ここは川の源流だけあってひんやりした空気が漂っています。涼しさも倍です。石垣の間からこんこんと豊かな水が湧いていました。
この辺の川底の石が他より赤みがかってるのはなぜなんだろう。
川の中にある苔むした小さな岩に、ユキノシタがレースみたいな花をつけていました。
米原というと青春19きっぷで旅行した時、岐阜へ行くための乗り継ぎ駅というだけのイメージしかありませんが、その米原駅から関ヶ原方面に一駅いくと醒ヶ井という駅があります。駅から少し行った所にバイカモの群生するきれいな川と、いい感じの古い町並みがあるそうです。
名神高速道路を滋賀県に向ってとばしていくと、滋賀県に近づくにつれて、ビルの人工建築物の風景からだんだん田んぼの風景に変わって行きます。田んぼに白い影がじっとうずくまっているのをちょくちょく見かけました。多分餌を狙うコサギだと思う。時々2匹連れ立って飛んでいました。
家も京都みたいにベンガラを塗ったのに変わってきました。大きな立派家が田園風景に佇んでいます。
米原で高速道路を降りたのは昼頃です。田んぼの畦や土手にはオレンジ色のカンゾウが花盛りです。お昼を済ませてから醒ヶ井の町並みへ向いました。
醒ヶ井は中仙道沿いに発達した宿場町です。
町並みを流れる地蔵川にはきれいな水でしか育たないバイカモが群生しています。バイカモ(梅花藻)はキンポウゲ科の多年草の水草で、7月から8月にかけて梅の花に似た白い小さな花を水面に咲かせます。

バイカモを住みかにするハリヨという珍しい魚も住んでいるそうです。
他にも日本武尊が伊吹山で荒ぶる神を退治しに行った時、発熱して大変な事になった所、この醒ヶ井の湧き水で体を冷やしたら正気を取り戻したという言い伝えのある「居醒の清水」も残されています。
JR醒ヶ井駅前の駐車場に車を置こうとしたら土曜日だからか満車でした。観光バスも数台止まっていてじいさんばあさんを吐き出しています。ちょっとびっくりした。
以前醒ヶ井はテレビで紹介されたそうで、それで観光客が増えたのかなぁと友達が言っていました。友達が初めて醒ヶ井を訪れた4年前よりもやっぱり人が増えてるみたい。
でも実際町に入ると人がバラけるのか混んだ感じは全くありませんでした。町には格子や虫籠窓のある立派な家が多く残っています。

建築家ヴォリーズのデザインした郵便局もありました。醒ヶ井の町並みからちょっと奥に入ったところのお寺には大銀杏があります。細長いのや葉っぱにギンナンをつけたりする珍しい銀杏らしいです。
川辺には野菜を洗ったり水を汲んだりするのに川に降りるための石段があります。薬缶を冷やしていたり、切ったアジサイをつけていたり、洗いかけの大根があったりしました。

流れに手を入れてみると凄く冷たかった。流れにはバイカモがかたまって生えていて、流れに合わせてゆらゆら揺れています。白い小さな花をちらほら見つけることが出来ました。川の中にはたくさんのバイカモのつぼみがありました。ハリヨを見つけることは出来ませんでしたがアブラハヤらしき魚が数匹泳いでいました。
住んでいる方々が手入れしていらっしゃるのかアジサイやヒメオウギスイセン、カラーといった夏の花がいい感じに植わっています。

街道にはザクロが多く植えられていて、目が覚めるような鮮やかな朱色の花をつけていました。鮮明な朱色と黄味がかった深緑の取り合わせが「夏が来た!」という感じがするのでザクロの花は大好きです。一重や八重、赤に白の覆輪といったバリエーションのザクロの花が咲いていました。古い民家と涼しそうな川辺にザクロの木がある風景はいいものです。
流れの淀みにタコウインナーがたくさん集まっていました。よく見るとザクロの花のガクでした。

居醒の清水は町の一番奥にありました。神社があって木も鬱蒼としています。ここは川の源流だけあってひんやりした空気が漂っています。涼しさも倍です。石垣の間からこんこんと豊かな水が湧いていました。
この辺の川底の石が他より赤みがかってるのはなぜなんだろう。

川の中にある苔むした小さな岩に、ユキノシタがレースみたいな花をつけていました。
滋賀県 高島市マキノ町在原・海津の町並み
大学時代の友達と一緒に滋賀県高島市マキノ町の町並みを訪れました。
マキノは琵琶湖の西側の最北部に位置します。さらに北に進むと福井県の敦賀に出ます。日本で一番初めに名前がカタカナになった町だそうですがなんでそうしたんだろう。
今日一緒に行った友達は、先日和歌山県串本町大島の水門祭りに行った時も付き合ってくれた遠出仲間です。
今日の目的は、西日本随一の規模を誇ると言われる藁葺き民家が残る在原集落と琵琶湖の水運を利用して江戸時代商業が栄えた海津の町並みを訪れる事です。前日ぐずついた天気も出発の時は晴れ間が見え今日は大丈夫だろうと気楽に出発しました。
町の中心部から約9kmほど山の中に行くと在原です。
こちらは在原に向う途中のメタセコイアの並木。(1994年に「新・日本の街路樹百景」にも選定。)この辺でちょっと雪が降り始める。

在原に到着した時は吹雪のようになっていました。私にとっては初雪です。そして今年一番の寒さでした。
去年、京都の美山町を訪れた時も藁葺き屋根の家がたくさん残る風景に驚きましたが、こちらも藁葺き民家がたくさん残っていました。これだけたくさんの貴重な藁葺き民家が残っているのに重建地区に指定されていなのが不思議なくらいです。
去年岐阜の白川郷に行ったけど多くの藁葺き民家が観光客用の土産物屋になっていてモノが良い分ちょっとがっかりしました。(五箇山の相倉・菅加はすごく良かった。)在原はその点、昔からの農村の風景がとてもよく残っている気がします。でもシーズンになったらたくさん人が来るのでしょうか、よそから来た客にマナーを守ってくださいという注意書きの看板がありました。
雪を溶かすために道路中央からスプリンクラーみたいに水が噴射されています。うっかりすると足がびしょぬれ。
積もった雪からフキノトウも顔を出していました。
村を散策している間に雪の降る量が増えていって、気が付いたら私たちにも雪が積もっていました。顔に当たる雪が冷たくて痛い。
結局、絵の道具を持ってきたけど余りに雪が冷たくて痛いので描きませんでした。根性ないわ。
次に寄った海津の町は春になると琵琶湖のほとりの桜が美しいらしく、たくさんの人が集まります。去年ここを春に通りかかったときは交通規制をしていました。けれど今日は桜もないし痛いほど寒いので人が全くいません。

琵琶湖の水はよく澄んでいて湖畔の小石も清らかでした。水鳥が水面にたくさん浮いていました。寒くないのかな。
水害に備えて湖岸は石垣で保護されています。たくさんの水鳥が羽を休ませていました。でも近寄ると全部逃げた。
湖西の町を訪れた後、他に良さそうな神社仏閣があれば立ち寄ろうと思っていましたが案外なくて、今日はそのまま帰ってきてしまいました。根性で一枚でも描けばよかったな。
それにしても、友達と串本に行った時はぽかぽか陽気で梅も満開。桜も今にも咲きそうで(その後太地に行った時は山桜が満開でした)真っ青な海とパパイヤやソテツの風景が心に残りましたが、滋賀北部は春といえども雪景色。木の芽や水仙のつぼみもまだ固いのがとても対照的です。
同じ時期に和歌山に200キロ行くのと滋賀に200キロ行くのとでこんなに風景や気候が変わるのは面白いと思います。
マキノは琵琶湖の西側の最北部に位置します。さらに北に進むと福井県の敦賀に出ます。日本で一番初めに名前がカタカナになった町だそうですがなんでそうしたんだろう。
今日一緒に行った友達は、先日和歌山県串本町大島の水門祭りに行った時も付き合ってくれた遠出仲間です。
今日の目的は、西日本随一の規模を誇ると言われる藁葺き民家が残る在原集落と琵琶湖の水運を利用して江戸時代商業が栄えた海津の町並みを訪れる事です。前日ぐずついた天気も出発の時は晴れ間が見え今日は大丈夫だろうと気楽に出発しました。
町の中心部から約9kmほど山の中に行くと在原です。
こちらは在原に向う途中のメタセコイアの並木。(1994年に「新・日本の街路樹百景」にも選定。)この辺でちょっと雪が降り始める。

在原に到着した時は吹雪のようになっていました。私にとっては初雪です。そして今年一番の寒さでした。

去年、京都の美山町を訪れた時も藁葺き屋根の家がたくさん残る風景に驚きましたが、こちらも藁葺き民家がたくさん残っていました。これだけたくさんの貴重な藁葺き民家が残っているのに重建地区に指定されていなのが不思議なくらいです。
去年岐阜の白川郷に行ったけど多くの藁葺き民家が観光客用の土産物屋になっていてモノが良い分ちょっとがっかりしました。(五箇山の相倉・菅加はすごく良かった。)在原はその点、昔からの農村の風景がとてもよく残っている気がします。でもシーズンになったらたくさん人が来るのでしょうか、よそから来た客にマナーを守ってくださいという注意書きの看板がありました。

雪を溶かすために道路中央からスプリンクラーみたいに水が噴射されています。うっかりすると足がびしょぬれ。
積もった雪からフキノトウも顔を出していました。

村を散策している間に雪の降る量が増えていって、気が付いたら私たちにも雪が積もっていました。顔に当たる雪が冷たくて痛い。
結局、絵の道具を持ってきたけど余りに雪が冷たくて痛いので描きませんでした。根性ないわ。
次に寄った海津の町は春になると琵琶湖のほとりの桜が美しいらしく、たくさんの人が集まります。去年ここを春に通りかかったときは交通規制をしていました。けれど今日は桜もないし痛いほど寒いので人が全くいません。

琵琶湖の水はよく澄んでいて湖畔の小石も清らかでした。水鳥が水面にたくさん浮いていました。寒くないのかな。
水害に備えて湖岸は石垣で保護されています。たくさんの水鳥が羽を休ませていました。でも近寄ると全部逃げた。

湖西の町を訪れた後、他に良さそうな神社仏閣があれば立ち寄ろうと思っていましたが案外なくて、今日はそのまま帰ってきてしまいました。根性で一枚でも描けばよかったな。
それにしても、友達と串本に行った時はぽかぽか陽気で梅も満開。桜も今にも咲きそうで(その後太地に行った時は山桜が満開でした)真っ青な海とパパイヤやソテツの風景が心に残りましたが、滋賀北部は春といえども雪景色。木の芽や水仙のつぼみもまだ固いのがとても対照的です。
同じ時期に和歌山に200キロ行くのと滋賀に200キロ行くのとでこんなに風景や気候が変わるのは面白いと思います。
滋賀県 彦根城
先週姫路城に行ってから無性に彦根城に行きたくなったので、今日は彦根城に行きました。約4年ぶりの再訪です。
彦根城の天守閣は姫路城と比べると大分小さく華麗さはありませんが実践的な感じがします。天井の梁なんかどうやって組んだのだろうと思います。そして何より好きなのが穴太衆が造った牛蒡積の石垣です。石を切らずに本来の形を生かして組んで行くやり方ですがすごく頑丈だそうです。石垣もリズムがあってすごいなぁと思います。滋賀県坂本の石垣や和歌山城の石垣も穴太衆が積んでいます。
彦根城の天守閣からの琵琶湖の眺めは素晴らしかったです。天気が良かったので琵琶湖が真っ青でかなたに雪の積もった白い山が連なっています。琵琶湖の水面の白い波が白鳥のようでした。昔の人もこれと同じ風景を見たのかなぁと思いました。
けれど4年前は田んぼが広がっていた風景がほとんど宅地になっていました。琵琶湖の風景は変わらないけど陸地の風景はどんどん変わっていきます。
他にも玄宮園(庭園)や付属の博物館などを見学しました。お堀が水鳥の巣になっているのか石垣にカモがいっぱい乗っかって日向ぼっこしていました。
彦根城の天守閣は姫路城と比べると大分小さく華麗さはありませんが実践的な感じがします。天井の梁なんかどうやって組んだのだろうと思います。そして何より好きなのが穴太衆が造った牛蒡積の石垣です。石を切らずに本来の形を生かして組んで行くやり方ですがすごく頑丈だそうです。石垣もリズムがあってすごいなぁと思います。滋賀県坂本の石垣や和歌山城の石垣も穴太衆が積んでいます。
彦根城の天守閣からの琵琶湖の眺めは素晴らしかったです。天気が良かったので琵琶湖が真っ青でかなたに雪の積もった白い山が連なっています。琵琶湖の水面の白い波が白鳥のようでした。昔の人もこれと同じ風景を見たのかなぁと思いました。
けれど4年前は田んぼが広がっていた風景がほとんど宅地になっていました。琵琶湖の風景は変わらないけど陸地の風景はどんどん変わっていきます。
他にも玄宮園(庭園)や付属の博物館などを見学しました。お堀が水鳥の巣になっているのか石垣にカモがいっぱい乗っかって日向ぼっこしていました。


